2024年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】 アニメ視聴者層・受容方法の多様化
アニメのグローバル化をめぐる状況
――いまお話にあった通り、近年アニメのグローバル化が急速に進展しつつあります。次にこの点について、2024年の動向とその所感を伺いたいと思います。 藤津:グローバル化と言えば、『俺だけレベルアップな件』がおもしろい例として挙げられるかなと思います。日本ではそこまで注目されていないと思うんですが、元々は韓国のWebtoon作品なんですよね。日本で翻訳されて紹介され、日本でアニメ化された。当然海外で人気があって、それを見越してSNSは5カ国語でそれぞれ運営することで対応している。アニメが日本だけでなく、世界で人気が出ているという現象が普通になりつつあります。 杉本:先日「アニメ産業レポート2024」が発表されましたが、関連市場約3兆4千億円のうち51.5%が海外の売上となっています。国内よりも海外の売上が逆転するのは2020年以来2度目で、それが当たり前の時代になりつつあります。日本のアニメのグローバル化が進展しているのでしょうね。夏には『異世界スーサイド・スクワッド』のアニメが放送されました。本作は日本市場向けではなく、海外市場をターゲットにした企画だと思います。今後、こういったかたちで海外からの出資を受けて海外市場向けに日本のスタジオで制作する企画は、ますます増えていくのではないでしょうか。ただそうなってくると、国内の人気や反応だけでは、アニメの動向を正しく把握するのが難しくなってきている時代だとも感じます。逆に今年の話題として、海外のアニメーション映画についても触れる必要がありそうです。最近は『ロボット・ドリームズ』が話題になっていますね。日本で紹介されたのは昨年の東京国際映画祭でのときも好評だったと思うんですが、いま話題になっているのはどのような理由なんでしょうか? 藤津:映画館での上映による部分が大きいのだと思います。東京国際映画祭では、たしか上映が2回しかなかったんですよ。だからそのときはまだ観られる人が限られていたわけですが、一般公開では都内を中心に確か20館程度でスタートし、上映館数はさらに広がっています。 杉本:海外アニメーションは市場としては小さいかもしれませんが、だんだんと国内でも定着してきた感じがしますね。他には『めくらやなぎと眠る女』もありました。 藤津:村上春樹原作の作品ですが、購入費が安かったのでうまくやりくりできたと聞いています。吹き替え費用は別途必要になりますが、興行的にはなんとかなったみたいですね。今年のトピックだと、『リンダはチキンがたべたい!』も公開されました。 渡邉:『リンダ』は、自分が教えている大学の学生たちもアニメ好きな人が多いので、かなり観ている人がいました。やはり日本のアニメとは全然違うので、表現的な魅力があるんですよね。学生たちが言っていたのは、日本のアニメと比べて、犯罪や社会問題を描く部分が新鮮だったということです。それが視覚的にも印象に残ったようですね。他には愛情表現が日本のアニメとは違った形で描かれている点も、興味深い部分でした。 藤津:お母さんがニワトリを盗んじゃうシーンなども新鮮でしたね。『リンダ』は2人で監督をされているんですが、キアラ・マルタさんのほうはもともと実写を中心に活動されています。彼女はアニメで「ヌーヴェルヴァーグ」をやりたいということを強くおっしゃっていて、実際本作はフランスのフレンチコメディの伝統を感じさせるような作品でした。 渡邉:あとは『化け猫あんずちゃん』も実写とアニメの監督が2人で関わっているという点で、『リンダ』と並列して語れそうです。新しい動きというわけではないかもしれませんが、今年のトピックの1つだと思います。 藤津:『あんずちゃん』について言うと、私は日仏合作という制作体制、個人作家である久野さんのキャリア、山下さんというアニメとは対極にあるようなスタイルの演出家を起用したという3点から、「未来のアニメだ」という話をしているんですが、これは日本のアニメが新しい方向に進んでいる感じがして、これからも続いてほしい流れだなと思います。 杉本:『あんずちゃん』はフランスのMiyu Productionsとシンエイ動画の合作であることも興味深い。フランスのアニメーション作品では、実写とアニメの距離感が、日本に比べて近いと感じることが多いです。 藤津:いまMiyu Productionsがインディペンデントから少し大きめの企画まで幅広く関わっていて存在感を強めているんですよね。おっしゃる通り『あんずちゃん』もMiyuが美術やプロダクション部分に携わっていますし、『めくらやなぎ』と『リンダ』にも関わっています。また、日本とフランスの関係をアニメに引きつけてもう少し言うと、今年はりんたろう監督が自伝漫画を出版しました。もともとはフランスの制作会社が3DCGアニメとしてりん監督の自伝映画を企画していたのが、うまくいかず、自分でバンドデシネとして描くことになったという経緯があとがきに書かれています。フランスではりん監督の『宇宙海賊キャプテンハーロック』が強い人気を誇っていますし、フランスを中心に海外のアニメーションと日本のアニメの距離が交差している年だなと感じました。それは裏を返せば、世界全体で日本のアニメへの愛が強まったという意味でもあるかなと思います。