『画家ボナール ピエールとマルト』ヴァンサン・マケーニュ 監督のビジョンに身を捧げる【Actor’s Interview Vol.43】
ヴァンサン・マケーニュは、フランス映画好きのなかではすでに知られた存在だ。ギョーム・ブラックの『遭難者』(09)『女っ気なし』(11)『やさしい人』(13)や、セバスチャン・ベベデールの『メニルモンタン 2つの秋と3つの冬』(13)といった作品で、「愛おしいダメ男」を好演し、オリヴィエ・アサイヤスの『冬時間のパリ』(18)やセドリック・カーンの『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』(19)など、作家色の強い監督の映画に欠かせない存在となった。 そんな彼が『セラフィーヌの庭』(08)で知られる名匠マルタン・プロヴォ監督に請われ、20世紀を代表するナビ派の画家と言われたピエール・ボナールに扮した新作が、『画家ボナール ピエールとマルト』だ。役のために減量し、絵画も学び、これまでとは一味違う雰囲気で、ボヘミアンの恋多き画家になりきった。 本作での経験、そして同世代のフランス映画界の監督たちについて語ってもらった。 『画家ボナール ピエールとマルト』あらすじ 1893年、ピエールとマルトは画家とモデルとしてパリで出会う。ブルジョア出⾝のピエールは謎めいて型破りなマルトに強く惹かれ、⼆⼈はともに暮らし始める。⽥舎に家を⾒つけ社交的な世界から遠ざかり、クロード・モネなど限られた友⼈との交流を除いては半ば隠遁⽣活の中で絵画制作に励むピエール。マルトをモデルにした⾚裸々な絵画は評判となりピエールは展覧会で⼤成功をおさめる。1914年第⼀次世界⼤戦が始まった夏、仕事で毎週パリに赴くピエールに不安がつのるマルト、終戦間近にはパリのアトリエでピエールのモデルになっている美術学校⽣ルネと出くわす。なぜかマルトはルネを気に⼊り3⼈の関係は複雑なものに……。
監督のビジョンに身を捧げる
Q:マルタン・プロヴォ監督とはどのような出会いでしたか。 マケーニュ:じつは本作の前に他の企画で声をかけてもらったことがあったのですが、それは実現しませんでした。それだけに今回ピエール・ボナールを演じることができてとても嬉しいです。わたしは自分の本業が演出家なので、俳優をやるときは監督のビジョンに自分を捧げる、といった気持ちでやります。今回は監督の意向に沿って減量をし、絵画を習い、3~4ヶ月かけて役作りをしました。残念ながら映画が終わったら、すっかりいつもの体重に戻ってしまいましたが(笑)。 Q:あなたのお母様も画家だそうですが、そのことは役に立ちましたか。 マケーニュ:いえ、とくに母から何かを教わったことはないですし、もちろん母が絵を描く姿は見ていましたが、美術館にしょっちゅう一緒に行くというわけでもなかったので。むしろ今回、ボナールの描き方や立ち振る舞いといったものを研究して、身につける努力をしました。もっとも、マルタン(・プロヴォ)の映画は、ボナールが主役というよりあくまで彼とマルトの関係で、観る人によっていろいろフックになるのが異なる物語だと思います。マルタンは物語の優れた語り手で、観客の興味を牽引するのが上手い。またボナールの人となりに関する資料というのはそれほど多くなかったので、むしろ監督と一緒にこの映画のボナール像を作りあげていきました。 Q:プロヴォ監督は子供の頃、アート好きのお母様からボナールの展覧会のポスターをもらって、それをベッド脇に貼って毎日眺めていたことでボナール好きになったと聞きました。さらにボナールが住んでいたヴェルノンのルロットに近い土地に、長年住んでいらっしゃって、本作のロケ地もその近辺でおこなわれたそうですね。 マケーニュ:そうなんです。だから監督の思い入れがとても深い。映画というのはしばしば主人公の人生を語るものですが、それが作り手、つまり監督のそれと重なることが多い気がします。本作はボナールの人生を語っていますが、わたしはマルタンの世界に浸るような印象がありました。それゆえ、これは19世紀から20世紀にかけた物語ではありますが、マルタンが見ている景色でもあり、ある意味、現在も存在する世界が映画に収められていると思います。
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