オランダ戦でイングランドのサウスゲイト監督が得た大きな成功体験とは? 決勝の見どころは「哲学、スタイルが明確なスペイン相手に、どう振る舞うか」【EURO2024コラム】
明らかに変化したのは、攻撃時の振る舞いだった
6月14日の開幕から1か月にわたって世界中のサッカーファンを楽しませてきたEURO2024もついに大詰め。現地7月14日(日本時間15日の早朝4時)の決勝は、スペイン対イングランドという、ある意味で両極端とも言えるチームの対戦となった。 【動画】EURO2024準決勝、オランダ対イングランドのハイライトをチェック! 開幕から6戦全勝という快進撃を見せてきたのがスペインだ。グループステージ(GS)ではクロアチアとイタリアを圧倒し、準々決勝と準決勝もドイツ、フランスという優勝候補の本命と対抗を、内容でも上回る説得力に満ちた戦いぶりで決勝に駒を進めた。高度に組織されたテクニカルなポゼッションサッカーの中で、ラミネ・ヤマル、ダニ・オルモ、ニコ・ウィリアムスという攻撃のタレントたちが躍動するその戦いぶりには、大きな賞賛が集まっている。 一方のイングランドの歩みは、それとはまったく対照的なものだった。GSを1勝2分とパッとしない成績で勝ち上がった後、決勝トーナメントに入っても、スロバキアとのラウンド・オブ16では、0ー1とリードされ敗色濃厚となった後半アディショナルタイムにジュード・ベリンガムの奇跡的なバイシクルシュートで命拾いし、続くスイスとの準々決勝はPK戦までもつれ込んだ末にようやく勝利した。 ベリンガムを筆頭に、ハリー・ケイン、ブカヨ・サカ、フィル・フォデンとクオリティーではスペインにまったく見劣りしないタレントを擁しながら、その誰ひとりとして本来の持ち味を発揮できない試合が続き、チームを率いるガレス・サウスゲイト監督は、自国のマスコミやサポーターから大きな批判を受けているだけでなく、嘲笑すら浴びてきた。イングランドの応援席からは、指揮官に向けて「You don't know what you're doing(あんたは自分が何をしてるかわかってない)」というチャントが歌われたほどだ。 サウスゲイト監督の戦術と采配は、ひとことで言えば「失点のリスクを最小化することによって勝利に近づく」という哲学に基づくもの。前線からのハイプレスのように、もしボールを奪えば一気に得点のチャンスが広がるが、失敗すれば失点の可能性が高まるようなハイリスク・ハイリターンの戦術は避け、自陣に堅固な守備ブロックを敷いて相手の攻撃をはね返し、危険な状況を作らせないことを優先する。 攻撃に転じても、ボールのラインよりも前に送り込む人数は抑え、最終ラインも上げ過ぎないことで、ボールを奪われてもカウンターアタックを受けないよう常に注意を怠らない。そもそもボール保持そのものに大きなこだわりは持っていない。 結果的に、ボール奪取ポイント=攻撃の開始点は低くなり、そこから前進するにも前方へのパスコースが限られているため、ビルドアップはどうしても詰まりやすくなる。敵陣に進出してポゼッションを確立し、相手を守勢に回らせる時間もなかなか作れない。前線のタレントたちも孤立を強いられ、独力で局面を打開しようと無理なプレーに走りがちになる。 しかし、それは指揮官にとっては「想定内」なのだろう。しっかり守っていれば、1試合に何度かは相手のミスや偶然を味方につける形で、ゴールを奪うチャンスが必ず訪れるもの。その時には前線に擁するワールドクラスたちが、そのタレント力で違いを作り出すだろうという考えだ。さらにはセットプレーも強力な得点源になる。 ワールドカップやEUROのように1点の重みがきわめて大きく、ミスや偶然、そして運によって結果が決定的に左右されやすいビッグトーナメントでタイトルを勝ち取るためには、アクシデントそのものを減らすことが重要で、最も確率の高い道だと指揮官は確信しているように見える。 だが、それに徹して内容はともかく結果レベルでは当初の目的(GS1位通過とベスト8進出)を達成した指揮官も、ラウンド・オブ16のスロバキア戦で垣間見た敗北の淵の暗さは、さすがに堪えたのかもしれない。続くスイスとの準々決勝から、少しずつチームの戦術的な振る舞いに積極性と能動性を加えてきた。 最も大きな変化は、基本システムを流動性の低い4ー2ー3ー1から3バックの3ー4ー2ー1に変えたことだ。守備時と攻撃時で異なる配置を取る可変のメカニズムも導入している。守備時の配置は、3バックの両脇にウイングバック2人(サカ、キーラン・トリッピアー)が下がって5バックを構成し、その前を2ボランチが固め、前の3人(フォデン、ケーン、ベリンガム)が、スイスのビルドアップの起点となる3バックに同数で正対する5ー2ー3となる。 これはおそらく、同じ3ー4ー2ー1システムを採用していたスイスに対して、守備の基準点を明確にするミラーの配置が狙いだったのだろう。積極的にプレッシャーをかけにいくわけではない受動的な振る舞いは変わらないが、いずれにしても守備の安定度は担保されていた。 明らかに変化したのは、攻撃時の振る舞いだった。ポイントは、3ー4ー2ー1への移行に合わせて、それまで左ウイングとしてプレーしていたフォデンが、右トップ下(いわゆるシャドーストライカー)に移ったことだ。
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