ひたすら我慢することを強要…パートやアルバイトに理不尽な「カスハラ」の処理を押し付ける"社員さん"の論理
現場担当者に丸投げされがちなカスハラ(カスタマーハラスメント)対応。この問題に、企業として今すぐ取り組むべき理由とそのための具体的な方法を、労働・組織・雇用をテーマに研究を行う専門家が、調査結果に基づき解説する。 【図表】カスハラは多くの職場で「我慢・放置・無視」されている ■カスハラで人材不足に悪循環への解決の一手を 顧客による企業や従業員への過度なクレームや理不尽な要求、いわゆる「カスハラ」(カスタマーハラスメント)の被害が深刻化しています。 パーソル総合研究所が今年3月に実施した「カスタマーハラスメントに関する定量調査※」では、カスハラを受けた経験がある人は全体の35.5%、うち20.8%が「3年以内に経験した」と答えています。 ※顧客折衝のあるサービス職、全国20~69歳男女を調査。詳細は以下。 https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/customer-harassment.html 職種別の被害率では、福祉系専門職員が最も多く、顧客サービス・サポート、受付・秘書、医療系専門職員、ドライバー、卸売・小売業の接客・サービス系職種と続いています。業態別では、ホームセンター、ファミレス、コンビニ、ガソリンスタンドの順になっています。ファストフードはサンプル数が少なかったため参考値としていますが、3年以内経験率は60.0%にも上ります。
■これほどまでにカスハラが増えている理由 なぜ、わが国ではこれほどまでカスハラが増えているのでしょう? 例えば「孤独・孤立化」傾向は理由の一つでしょう。家族や友人と一緒に来店しているとき、あるいは近所など多少なりとも知った人の目があるところでは、声を荒らげるような振る舞いはしにくいものです。 「SNSやスマホの普及」もカスハラが発生しやすい状況をつくっているかもしれません。今や誰もが「こんな対応をされた」と撮影し、SNSで拡散できる環境を持っています。店や会社にとって風評被害は避けたいものの対抗措置は乏しく、下手に出ざるをえないところがあります。「高齢化」もまた、主たる要因と考えられます。カスハラ加害者の属性は、年齢が上がるほど増える傾向にあり、60代以上が男性で47.2%、女性で25.9%を占めます。 デフレ経済下、サービス業の接客品質はパート主婦が支えてきました。企業はこれまで高学歴かつ優秀な女性を低賃金で使い、雇用の調整弁にもしてきたのです。ですが今は働き手不足で、以前ほどのクオリティは維持できなくなっています。 若い世代は順応性があるので、多少接客の品質が下がっても「そういうものさ」と現状を受け入れてくれます。けれども高齢者は顧客として手厚いサービスを受けてきた期間が長いためか、期待値調整ができず不満を募らせてしまうのでしょう。 カスハラの増加がもたらす負の影響はさまざまですが、最も深刻なのは従業員のストレスと離職です。 定量調査ではカスハラ経験率の高い職種ほど、離職率も高くなっている事実が明らかになりました。特に福祉職(介護士・ヘルパーなど)、医療職(医師、看護師など)、宿泊サービス、受付・秘書で、経験率と離職率に強い相関性が認められます。 またカスハラがあった直後の被害者の心境では「仕事を辞めたいと思った」人が38.0%、「出勤が憂鬱になった」人が45.4%、「次の転職時は顧客やり取りのない仕事につきたいと思った」人が37.5%に上っています。 つまり、カスハラの多い職種では従業員が苦しんでいるばかりでなく、人がどんどん辞めていき、採用しようにも「あの仕事は大変だから」と敬遠されて、慢性的な働き手不足となる悪循環に嵌っているのです。 社会全体でカスハラを減らしていく取り組みは必要です。東京都では実現すれば全国初となる「カスハラ防止条例」の制定準備を進めています。JR(東日本と西日本)はカスハラに対する基本方針を策定しました。店舗や病院では「暴言・暴力は許しません」などと訴えるポスターを目にする機会も増えました。 ですが、カスハラをするような人に、モラルを説くような対策がどこまで機能するかは未知数です。そもそも加害者に迷惑行為の自覚があるかもわかりません。「自分はひどい対応をされた被害者だ」「デキの悪い従業員に自分が常識を教えてやっているのだ」などと考えているケースも多いでしょう。 これから「カスハラ」の認知が進み、具体的にどんな行為があたるのか社会的なコンセンサスが形成されれば、改善されていく可能性はあるでしょう。防犯カメラの設置や無人レジの普及(顧客との接触機会を減らす)、AIの活用など、インフラ面からの抑止も進みつつあります。 けれども、これらがカスハラの減少という成果に至るまでには、それなりの年月がかかると思われます。すぐにも従業員の離職を止めなければ仕事が回らなくなる現場に、それを待っている猶予はありません。企業として急ぐべきは顧客向けの防止策より、従業員向けの防衛策です。 カスハラが当面なくなりそうにないなら、職場を「カスハラに強い組織」に変えていくしかありません。そのためにすべきはカスハラが起こったときの対応を間違えないこと、そして従業員が安心して働ける環境をつくることです。