14歳から本場ヨーロッパを転戦。女性初のフォーミュラカーレーサー、野田Jujuの急成長を支えた家族の絆
年間移動距離は5万キロ。キャンピングカーで
――2023年は樹潤さんにとっても、サポートするチームとしても、本当に大変な一年であり、成長の一年でもあったのですね。キャンピングカーで転戦されてきたそうですが、なぜ、そのようなスタイルを選ばれたのでしょうか。 野田:家を借りたとしても、年間を通して練習走行とレース場を転々とすることを考えると、ほとんど家に帰る暇がないんです。限られた予算の中で、お金はなるべくマシンを速くするためのものに使いたいと考えていたので、たまにしか帰れない家を借りるコストはもったいないですし、削れるものは削って節約するために、キャンピングカーにしました。ヨーロッパではサーキットにキャンピングカーを持ち込んで休憩場所に使うチームはありますけど、我々は家族4人で、車の中で生活もしていました。キャンピングカーは日本でも使っています。チームにはメカニックも2人いて、彼らはトラックでマシンを運びながら一緒に移動しています。 ――移動距離は、年間でどのぐらいだったのですか? 野田:昨年は5万キロ弱ぐらいですね。 ――それだけ一緒にいると家族の絆も深まりそうですね。食事なども自炊をしながら転戦されていたのでしょうか? 野田:そうですね。ただ、ヨーロッパでは途中でサンドイッチを買って食べたり、マクドナルドに行ってハンバーガーを食べたりもしていました。時間に追われて息抜きができる時間は限られていたのですが、いろいろな土地を通ってさまざまな文化に触れることができましたし、ちょっと時間の余裕ができた時には寄り道して「何か美味しいものを食べよう」と、その土地の料理を楽しんだりもしました。アルプスの山脈を抜ける時には、壮大で美しい景色も眺めました。そういういい面もありましたけど、車で生活するのは、不便なこともたくさんありましたよ。それも含めて楽しんでいましたけれどね。 ――工夫しながら、サポートをされてきたんですね。車の整備費だけでも年間数千万円、というエピソードも見ましたが……。 野田:数千万円ではきかないですね(苦笑)。