川本三郎 私が選んだBEST5(レビュー)
近年、台湾文学が次々に翻訳出版され、台湾好きにはうれしい。 柯宗明著、栖来ひかり訳『陳澄波を探して 消された台湾画家の謎』は、戦前の台湾で活躍し、その後、国民党政権下でその名を語ることがタブーとなった画家の生涯を描いた伝記小説。 一九八四年、現代の台北に住む若い画家が、ある画家の絵の修復を依頼される。ところが依頼主は画家の名を明かさない。 興味を覚えた若い画家はその謎の画家のことを調べてゆく。ついに陳澄波という戦前の台湾を代表する画家だったと知り彼の生涯を辿ってゆく。 そして一九四七年の二・二八事件の時に国民党によって銃殺され、一九八四年になっても、まだ歴史から消されていると知る。 ひとりの画家の悲劇を描くと同時に台湾現代史を語る歴史小説でもある。
音楽評論家としてまた政治思想史の研究者として大活躍している片山杜秀の『大楽必易 わたくしの伊福部昭伝』は、一般には「ゴジラ」の作曲家として知られる伊福部昭を現代音楽の巨匠と高く評価した評伝の力作。 北海道出身、子どもの頃にアイヌや北方少数民族ギリヤーク(現在はニヴフ)あるいは亡命ロシア人の奏でるバラライカの音に触れ、土俗的、原初的といわれる伊福部音楽が作られていった。説得力のある指摘。 音楽学校を出ていない、独立独歩の人。著者は若い頃からこの孤高の音楽家に惹かれ、何度も自宅を訪ねては話を聞き、本書を書き上げている。
前田啓介『おかしゅうて、やがてかなしき 映画監督・岡本喜八と戦中派の肖像』も力作。 岡本喜八の明治大学時代の日記を見つけ出したのは大きな手柄。 岡本喜八が戦中派だったこと一点に絞っている。著者は昭和史に詳しい新聞記者だけに、喜八の陸軍予備士官学校時代のことなど実に丹念に調べている。 映画評論家の書く監督論とひと味違う面白さ。 若い現代の作家の軽い文章にもうついてゆけないシニアには昭和の作家の静かな文章が落着く。