紅麹サプリの「プベルル酸」はどこから来た? 人為的混入、遺伝子変異の可能性は【東大准教授が徹底解説】
「変身」のようなことが起きる可能性は低い
──プベルル酸とは簡単に作れるものなのか。 実験室で難易度の高い作業を経ないと作れませんので、有機合成の専門家でないと無理だと思います。逆に言うと、それを作れる人は限定されるので、作って外部から紅麹に入れたという可能性は低いと思います。 ──プベルル酸が自然に発生することはあるのか。例えば問題のロットにプベルル酸が外部から混入していたとして、プベルル酸が「その辺にある」という状況は考えられるのか。 解明すべき大きな問題の1つだと思います。なぜサプリに混入したのか、可能性はいろいろあるのですが、まず真っ先に考えられてもっともらしいといわれるのが、紅麹を培養する過程でアオカビも一緒に入ってしまったのではないか、という説です。ある特定の種のアオカビとベニコウジカビの混合物が培養されたことによって、プベルル酸が入った紅麹が生成されたという可能性が考えられます。 ──例えば、放置しておけばパンにもご飯にもアオカビは生える。どんなアオカビでもプベルル酸を作ることができるのか。 今のところはないといわれています。アオカビは数百種類とあります。それら全てがプベルル酸を作るわけではなく、わずか数種のアオカビからプベルル酸が見つかっている状況です。 ──そのたった数種類のアオカビが紅麹の近くにいたかもしれない? そういうことでしょう。ただ現時点では、ある種のアオカビがプベルル酸を作ることしか分かっていません。私は微生物や発酵の専門家ではないため詳しい説明はできないのですが、発見されていないだけで、別のものがプベルル酸を作る可能性もゼロではありません。 一方で、ベニコウジカビ自体がプベルル酸を作れるかどうかで言えば、今のところ、ベニコウジカビの遺伝子がプベルル酸を作る能力を持つとする研究報告はありません。遺伝子というのは、もし突然変異があったとしても、突如としてそれほど大きく変わることはないので、ベニコウジカビがいきなりプベルル酸を作れるようになった、あたかも「変身」のようなことが起きる可能性は低いと思っています。 プベルル酸を作る能力があるか否かは遺伝子を調べれば分かります。遺伝子情報は膨大にあるのですが、その中にプベルル酸を作れるかを判断できる領域といわれるものがあります。それを持っているかどうかでだいたいは判断がつきますが、周囲の研究者に聞く限り現時点でそのような情報は入っていません。 一方、プベルル酸という異物がベニコウジカビの培養の時点でそもそもの原料となる米に入っていた(汚染米)という可能性も捨てきれません。プベルル酸の構造を見ただけの安易な予想でしかないのですが、仕込みの段階の加熱下でも安定に存在し続けるのではないかと思われます。 例えば、フグ毒のテトロドトキシンは加熱しても分解されないため、加熱処理をしても素人が調理をすることは自殺行為に等しいです。このように製造の最初の段階からプベルル酸が存在していた可能性も否定でできませんが、今回は本来いるべきでないはずの菌が混入し、それがプベルル酸を作った可能性のほうがやはり高いでしょう。ただ、どこの段階でプベルル酸を作る菌が入ったのかは分かりません。 可能性として、一番大事な段階である発酵のところで入ったのか、それとも、発酵させるのに使う米にアオカビが入っていたのか。そうだとすれば、ベニコウジカビを米の上で繁殖させる過程で、アオカビも増えてしまいそうです。 一般的に発酵というのは繊細な衛生管理が必要です。例えば、日本酒を造っている酒蔵は不要な菌が入らないように徹底的に管理していると思います。極端な例で言うと、酒蔵の杜氏はお酒の製造中は納豆を食べません。納豆菌は繁殖力が強いので、混入するとお酒の質が落ちてしまうからです。 紅麹の製造も相当に気を使う作業でしょう。菌の混入はあってはなりません。それが、今回はあったのではないかとの指摘が出ているのです。ただし、一般的な発酵食品に利用する微生物は古くから伝統的に利用される中で選び抜かれてきた極めて安全性の高いものであり、生産方法も成熟しています。安心して食べられるという点は強調しておきたいです。 <小倉由資(おぐら ゆうすけ)> 東京大学大学院 農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 准教授。栃木県宇都宮市出身。2012年 同研究科博士課程修了、博士(農学)取得。専門は有機合成化学および天然物化学。英国オックスフォード大学化学科 博士研究員、東北大学大学院 農学研究科 助教を経て2020年より現職。学生時代より一貫して有機合成化学的手法による天然有機化合物の量的供給や構造決定に関する研究を展開。興味深い生命現象を引き起こす天然有機化合物の作用機構にも関心を持ち、合成化学的手法を利用した研究も進めている。最近ではミツバチに寄生して猛威を振るうダニの防除物質を発見し、その応用によるミツバチの保護を目指した研究に注力している。
小暮聡子(本誌記者)