紅麹サプリの「プベルル酸」はどこから来た? 人為的混入、遺伝子変異の可能性は【東大准教授が徹底解説】
<謎多き「プベルル酸」が腎障害を引き起こした原因物質であると早計に同定すべきでないこれだけの理由>
小林製薬が製造する紅麹(べにこうじ)原料を含む機能性表示食品「紅麹コレステヘルプ」を摂取した人が腎機能障害を起こし、死亡例や入院例も出ている。問題の製品を製造したロットの解析で検出された「想定していない成分」について、現時点で考えられる可能性は何か。 【画像】2023年9月および同年10月に製造されたロットで「プベルル酸」の含有量が大幅に増加していることが分かる(小林製薬の提出資料より) 東京大学大学院農学生命科学研究科で有機合成化学・天然物化学を専門とする小倉由資准教授(次ページ写真)に本誌・小暮聡子が聞いた。 ◇ ◇ ◇ ──「紅麹コレステヘルプ」は「悪玉コレステロールを下げる」とうたったサプリメントだが、紅麹にはコレステロールを下げる効能があるのか。 紅麹とは、自然界にあるベニコウジカビで穀物を発酵させた穀物麹のことです。例えば蒸した米にベニコウジカビを植え付け発酵させると、ベニコウジカビが栄養をもらって増えていき、赤いご飯のようなものになります。ベニコウジカビはその過程でモナコリンKという化合物を生産し、これにコレステロールを下げる効果があります。 モナコリンKは別名ロバスタチンとも呼ばれ、純度の高いものは医薬品として使われます。紅麹は同様の効果を狙ってはいるものの、モナコリンKの含有量が少ない混合物として、薬ではなく「機能性表示食品」のサプリメントに使われています。 日本で汎用される紅麹自体には食べても毒性はありません。少なくとも、これまでにそういった報告はありません。しかしベニコウジカビにもいくつか種類があり、一部のベニコウジカビは、モナコリンK以外にもシトリニンという有毒物質を一緒に作るため、例えばスイスでは紅麹を使うことは禁止されているようです。 ──一部のベニコウジカビだけ毒も作ってしまうのはなぜなのか。 種類の異なるベニコウジカビの遺伝子は似ているはずですが、完全に同じではありません。同じカボチャでも西洋カボチャと東洋カボチャの違いのようなものと例えれば分かりやすいでしょうか。日本にいるベニコウジカビはシトリニンを作らないとされていますので、日本では安全に使えるものとして紅麹が何トンというレベルで流通しています。 少なくとも、これまでの長きにわたる利用実績と科学的に分かっていることを調べる限り、日本における紅麹は安全と言っていいでしょう。小林製薬も、これまでの調査で同社の紅麹からシトリニンは検出されなかったと発表しています。万が一にも紅麹の中でわれわれが知らない遺伝子変異が起きたのだとしたら衝撃的なのですが、可能性は低いと思います。現に多くの科学者は、変異ではなく別の菌の混入を疑っています。 ──小林製薬は会見で、検出された「想定していない成分」をいくつかの化合物に絞り込んでいると明らかにしたが、その直後に厚生労働省は想定していない成分として「プベルル酸が同定された」と発表した。プベルル酸とはどういう物質なのか。 天然からはさまざまな薬理作用を持った多様な化合物が数多く発見されます。プベルル酸はある種のアオカビから作られる天然化合物です。プベルル酸の発見は1930年代と古いのですが、2011年に日本の北里大学が、マウスを使った実験でマラリア原虫を殺す作用があることを突き止めました。 そういう強い薬理作用を持った物質である一方、プベルル酸がヒトの培養細胞やマウスに対して毒性を示すとの報告もあります。現在ではマラリア薬としての開発は中止されているようで、使えない化合物と認知されているためか、プベルル酸の専門家はいません。 ですが研究者たちの間では、現時点ではプベルル酸が腎障害を引き起こすという研究報告がないため、原因物質として早計に同定することに疑問を持っている人もかなりいると思います。私も(同定する)自信は持っていません。複合的な要因を含め、他の可能性を見落とすことのほうが怖いと思っています。