「食べ残し禁止法」を制定した中国 激辛の火鍋汁も飲み干す?3年後の変化はいかに
食べきれないほどの料理で客人をもてなすのが中国のマナーとされてきました。しかし、大量の食品ロスを生み出す原因でもありました。そこで中国政府は、客に大量の食べ残しを許した飲食店に罰金を科すなどと定めた法律を制定。それから3年、もてなし文化や法律の効果はどうだったのでしょうか。(小早川遥平=朝日新聞上海支局長) 【写真】機械にかけられる火鍋の残り汁。油は資源として再利用される
中国・重慶市は長江が支流と合流する内陸部の中心地であり、激辛の麻辣(マーラー)火鍋の名所としても知られる。 10月末、火鍋街の唐辛子の香りに誘われ、中国人の同僚と地元の人気店に入った。席に着くなり、店員から「2人なら5皿くらいね」と写真の入った注文用紙とペンを手渡される。おすすめを聞きながら、最も辛くない「微微辣」で、仕切られた鍋であっさりスープも味わえる「おしどり火鍋」の写真を丸で囲む。色々な具材の写真に目移りしつつ、センマイや豚のハツモト、アヒルの腸など5皿にチェックを入れた。 清朝末、硬い水牛の肉すら食べられなかった貧しい船乗りたちがモツをたまのごちそうとして食べたのが重慶火鍋の始まりとされる。牛脂たっぷりの真っ赤なスープにモツを7、8回通してほお張ると、顔中から汗が噴き出してくる。 言われた通りだ。5皿を平らげるころにはもう満腹、一番辛くなくても大量の花椒(ホアジャオ)で舌のしびれが止まらない。店の片隅には「少しずつ注文、足りなければ追加を」という市当局の啓発ポスターが貼られている。
中国では2021年、習近平(シーチンピン)国家主席の号令で、客に大量の食べ残しを許した飲食店に罰金を科すなどと定めた「反食品浪費法」が成立。食べきれないほどたくさんの料理で客をもてなす「メンツ(面子)」文化に変化を迫った。 歴史の教訓から14億人の胃袋を満たすことは政権を維持するための要の政策。当時、新型コロナの流行や対米関係の悪化で「食の安全保障」への危機感が高まっていた。国連環境計画(UNEP)の「食品廃棄指標報告」2021年版によると、中国の飲食店では年6538万トンの食品が廃棄されていた。 厳しい法律の内容に、「火鍋の汁まで飲み干せというのか」という戸惑いの声もあった。それから3年。火鍋屋の店員によると、以前は十数皿を注文して少しずつ箸をつけるような客もいたが、今は余った具材を持ち帰る客もいる。ゴミはコロナ前の半分に減ったという。 「景気が悪くなって、みんな無駄遣いをしなくなった」。たしかに周りを見渡しても食べ残しはほとんどない。コロナ後の個人消費の低迷が食品ロスの削減に貢献している面もあるようだ。 とはいえ、何事もトップダウンで決まる国。法律の影響も多岐にわたる。 重慶市では、メニューの表記についてローカルルールをつくった。市場監督管理局の飲食部門で副処長を務める刁霖(ティアオリン)さんによれば、食材や分量、辛さの説明を写真と共に載せることを推奨しているという。「同じ3品でも店によって量は違う。『水煮魚』という料理名だけ見て激辛だとは知らず注文して残してしまう観光客も多くいた」 民間の取り組みも始まっている。重慶市のウェスティンホテルでは、2年前から朝食バイキングで余った食材を計量し、データで可視化することを始めた。飲食部門の責任者の陶小霞(タオシアオシア)さんは、結果を見ながら料理のラインアップを調整することで、「ゴミが減るだけでなくて、食材のコストを3~4%削減できた」と経営面のメリットを語る。 陶さんはメンツ文化の変化も実感。結婚式の宴会でも「食べきれないほど出す」のではなく、参列者が好きなものを食べるビュッフェ形式を選ぶ若者が増えてきているという。