【小中学生の生存率99.8%は奇跡じゃない】津波という「想定外」から身を守るためにできること
「家で親を待つ」と答えた子どもたち
こうして津波防災教育が始まったのは06年。最初に行ったのは、子どもへのアンケートだ。 「家に1人でいるとき大きな地震が発生しました。あなたならどうしますか?」と質問した。ほとんどの回答は、「お母さんに電話する」「親が帰って来るまで家で待つ」というものだった。 私はそのアンケート用紙に、「子どもの回答をご覧になって、津波が起きた時に、あなたのお子さんの命は助かると思いますか?」という質問文を添付し、子どもたちに、家に帰ってから親に見せるように指示した。 大人たちは、行政や防災インフラに頼ることで、前述したように油断していた。親の意識が変わらなければ、いくら学校で子どもに教えても効果は半減する。だから、「わが子のためなら」という親心に訴えようと考えた。 この試みは奏功した。その後、親子で参加する防災マップ作りや、避難訓練の実施に繋がったからだ。完全に集計しきれてはいないが、今回の津波で、釜石市内の小中学生の親で亡くなった人の数は31人(4月5日現在)と、釜石市全体で亡くなった人の割合と比較しても少ない数が報告されている。親の意識改革は、子どもへの教育浸透を助けるだけでなく、親自身への一定の波及効果もあったのではないか。
数学の時間にも津波教育を盛り込む
授業では、津波に対するリアリティーを持ってもらうことを最初の目的にした。祖父母から津波の話を聞いているが、自分の身に降りかかる出来事とは思っていなかったからだ。
まずは、過去の津波で犠牲になった4041人という数字、そして亡くなった方を遠目に写した白黒の写真など具体的な資料を見せた。さらに、地震発生から逃げる時間が早ければ早いほど死者が減少するというシミュレーション動画を見せるなど視覚的に訴えた。 こういった工夫を重ねることで、それまで他人事と思っていた子どもたちの目つきが変わり、授業の中身に真剣に耳を傾けるようになった。 子どもたちには、津波の恐ろしさや特徴だけでなく、実際に避難する際の注意点を教えた。特に重点をおいたのは、その時にできる最善を尽くせということだ。津波は毎回その形を変えて襲ってくる。地震の直後において、どんな津波なのかはわからない。ハザードマップに示された津波より大きいかもしれないし、小さいかもしれない。しかし、どんな津波であっても気にする必要はなく、できることは、その時にでき得る最善の避難をすれば良いということだ。 こうして彼等なりの最善策を探る取り組みが始まった。 具体的には、地図に自宅と通学路を書き入れ、避難場所に印をつけて、自分だけの津波避難場所マップを作成させた。マップには、地震が起きたらすぐに行動すること、とにかく高いところへ行くこと、津波は川をかけ上がって内陸部の低い場所にも到達するので海から遠いといって安心しないこと、一度高いところに避難したら降りてこないことなどを記した。 これらは時間外の取り組みだが、より効果を高めるために、学習指導要領に定められたカリキュラムの中で津波防災教育を盛り込めないかと考えた。教員をサポートするために、全学年、全教科と関連づけた『津波防災教育のための手引き』を先生方とまとめ、授業に使えるようにした。例えば算数や数学の時間に、物の長さを測る授業で津波の高さを実感させたり、津波が自分の家に到達する時間を計算させたりした。これは、新たに防災授業の立案をする手間を省く狙いもあった。また、地域住民の関心を高めるために、下校時を想定した避難訓練を行い、屋外スピーカーで緊急地震速報を放送して、地域住民に避難する子どもたちを誘導してもらった。