「意志を持て」「ブラック企業に搾取されるな」「投資しろ」「老後資金は自分で」働き方改革と引き換えに労働者が受け取ったシビアなメッセージ
なぜ働いていると本が読めなくなるのか #2
高度経済成長期から始まったとされる日本の長時間労働問題。2019年に施行された「働き方改革関連法案」はその問題に対してのアプローチではあったが、単純に余暇を楽しめというメッセージではなかった。 【画像】ノマドワーカー 『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』より一部抜粋・再構成し、働き方改革について考察する。
働き方改革と時代の変わり目
時代の波に乗りに乗ったかのように見えるビジネス書『人生の勝算』。読んでいると、2017年(平成29年)に発売された同書がすでに「今の時代にはそぐわない」ことを幾度も説いている点が、妙に印象に残る。 たとえば著者の前田裕二が「自分の人生のコンパスを自分で決める」例として、「自分は仕事に熱狂したが、兄はそんな仕事一本ではなく家族を大切にして幸せそうだ」というエピソードを挙げる。 ここには「仕事ばかり頑張るだけが正義ではないけれど」とでも言いたげな、そこはかとない時代へのフォローが見え隠れしている。さらに「他者のことを考えて行動せよ」と説いている際、「でも昔と今とではルールが違いますので」と注釈をつけているあたり、やはり自分が時代にそぐわないことへのフォローを入れているなと感じてしまう。 飲みの席でバカをやり切れるようになって以来、営業の電話を取ってもらえる確率が飛躍的に向上しました。こんなことで、と最初は悔しかったのですが、前田は振りきって何でもやれるヤツだと評判も広がって、飲みのお誘いや、営業での指名が増えました(注:もちろん、これが通用するお客さんは一部でしたし、今の証券業界は接待ルールが厳格になっており、ゲームのルールが変わっているかと思います)。 『人生の勝算』の編集者である箕輪厚介は、自己啓発書『死ぬこと以外かすり傷』(マガジンハウス)を2018年に出版した。この本もまた「行動重視」のビジネス本であり、死なないならどんな行動をとってもいいと綴られている。が、2023年(令和5年)に彼は『かすり傷も痛かった』(幻冬舎)というエッセイを出版している。 そりゃそうだ。いくら死ななきゃいいと思っていても、現実は、かすり傷ですら痛い。 ─そのことに皆が気づき始めたのが2010年代後半だった。 2015年(平成27年)に電通過労自殺事件が起こり「働き方改革」という言葉が叫ばれ始めた。2019年に施行された働き方改革関連法は時間外労働の上限規制の導入、年次有給休暇取得の一部義務化など、長時間労働にメスを入れる形になった。高度経済成長期からはじまった、この国の長い長い長時間労働の歴史がやっと変わろうとしていたのである。
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