あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」問題 あえて「前向き」に考えてみる
現実的には前向きな動きにつながる可能性も
ただ、あえて現実的に考えると、今回の後ろ向きな結論を逆手に取って、前向きに捉えることもできます。 国の補助金が出ない以上、愛知県以外で「こんな展示に公金を使うのは許されない」と憤っていた一部の人たちは、抗議の理由がなくなります。愛知県への脅迫はもちろん、電凸やメール、抗議の行動に出るのはやめるべきでしょう。その代わり、現状の展示を見たい人たちは愛知県(今回は名古屋市以外に豊田市でも展示をしています)に来て、チケットを買って会場を回りましょう。それが運営や作家たちへの支援だけでなく、国の補助金分の補填になります。 表現の不自由展に関しては、もともと制作費や輸送費などの直接的な経費である約420万円は民間の寄付金を当てるという方針が示されていました。ただ、これには会場費の按分や事前に準備されていた警備、電話回線増強の費用、電話対応の人件費などは含まれていません。 また、津田氏が芸術監督という立場でありながら、本来は密に連携すべきだったトリエンナーレ実行委やキュレーターを介さず出展交渉や協賛金集めに走り回ったり、自社のサーバーで個別のウェブページをつくったり、訴訟になった場合の費用を自分が持つと覚書を交わしていたりといった事実もあります。 ここは検証委でも議論が少なかった点で、「どこまでが今回のコストなのか」「そこに公金を充てるべきなのか」「公金を充てなければ何をしても問題がないのか」…などについては議論がありませんでした。 文化庁の判断を受けて、こうしたことがあらためて問われるようになり、ねじれて、拡散していくばかりだった問題の一つ一つが解きほぐされ、現状を打開する糸口にはなるはずです。 また、現場でも一連の混乱を逆手に取った動きがあります。現在、閉鎖された不自由展の展示室の前に立ってみてください。扉や壁一面にピンク、赤、紫のカードがびっしりと貼り付けられています。作家有志が始めた、来場者に「あなたの不自由は何か」を書き込んでもらうプロジェクトです。 メッセージには「すべての展示を再開してほしい」という要望もありますし、逆に「私は表現の不自由展の中止に賛成です。あんな人びとを傷つけること…」という書き込みもあります。さらに差別やジェンダー、地方や田舎の「不自由」も訴える多様なメッセージがあり、見ていて飽きません。プロジェクトは9月上旬から始まり、今も展示室前で毎日のように参加が呼び掛けられています。いわば来場者の手でつくられるアート作品です。 検証委が集めた来場者アンケートには、単純に閉め切られた展示室を見て「金返せ!」「パスも買ったのにだまされた」といった声がありました。しかし、上の“新作“をはじめ、他にも形を変え、精いっぱいの抗議の姿勢を示しながら見応えのある展示、もちろん開幕当初から変わらぬ展示もあります。メイン会場の芸術文化センターだけでなく、周辺商店街のまちなかにも、新たなスペースが生まれています。 今回、入場者数は前回(2016年)の2割増のペースだそうです。ただし、前回は来場者数が前々回(2013年)より、会場数が増えたにも関わらず2万5000人ほど減っていました(会期は前々回より前回が5日短縮)。このまま入場者数が増えたとしても、「炎上商法」とみなされるだけでしょう。問題は数字ではなく、今回の件で来場した人がどれだけ深く芸術や表現、そして自由とは何かについて考える“前向きな”機会を得たか、ではないでしょうか。