「ショックを受けてこれはもうおしまいやなと」“伝説の斬られ役”福本清三さんの死で頓挫しかけた映画を完成させた「重鎮の一言」とは
スタッフは全体で10名の「少数精鋭やなくて、単に少数(笑)」
――沙倉ゆうのさんは1作目から全て出演されていて、『侍タイ』でも助監督役で出演されていましたね。 安田 ゆうのちゃんは僕がやっている「未来映画社」の看板女優で、副理事で、実は彼女のお母さんも理事なんです。『侍タイ』を作ることになった時も早い段階から相談していて、それで「助監督役として出演もしてほしいけど、今回は主演じゃないし、どうせ毎日現場に来るのやし実際の助監督もやってくれん?」とお願いしたんです。 ――助監督が助監督役を兼任(笑)。スタッフは全体で10名ほどと聞きましたが映画を撮るには少ないチームですよね。 安田 これまでの映画や結婚式などの仕事でいろんな技術は覚えてきて、機材も新しいものをどんどん導入しているから、音声マンと照明さんがいる以外は普通の主婦とか学生ばかりです。少数精鋭やなくて、単に少数(笑)。
――でも時代劇だと衣装や刀など技術が必要なものもありそうですが。 安田 現場では毎日何十人もの立ち回りがあるので刀がボロボロになるんですけど、その手入れもゆうのちゃんとお母さんがしてくれました。京都の撮影所から彼女たちの家まで車で2時間かかるんですが、朝は6時集合なのに撮影の後も1時間くらい残って道具の管理をしてくれて。
「山口さんと冨家ノリマサさんとは何度も喧嘩ギリギリの議論もしました」
――みんな複数の仕事をしていたのですね。そして主演は大河ドラマなどにも出ている山口馬木也でしたよね。本当のお侍のようでした。 安田 山口さんは俳優生活25年で、自主映画ではありますけど長編映画の主役が初めてやからとノリノリでやってくれました。「このホンでこの主役を僕がやれるのはすごく幸運、25年間やってきてよかった」と言って、撮影のためにテレビの仕事断ったりしていて心配になりましたけど。 山口さんと冨家ノリマサさんは本当に『侍タイ』に情熱を燃やしてくれて、何度も喧嘩ギリギリの議論もしました。喧嘩しながらも、撮影が止まるたびに「このセットは1時間3万円かかるんだけどなぁ」と頭の中でチャリンチャリン音がしてましたよ(笑)。 ――それだけ気合を入れて作った映画だけに、監督が1人でチラシも配っていたと聞きました。 安田 さすがに俳優さんにお願いはできないですからね。最初は街中で配ったんですが反応ゼロ。映画館の前で出てきたお客さんに配るようになって、ようやく受け取ってもらえるようになって。 ――そこから3週間で100館を超えるハイペースで一気に拡大しました。『カメ止め』以上のスピードですよね。 安田 ハイペースすぎて映画の知名度もメディア露出も追いつかない中、箱だけが用意されている感じでした。TOHOシネマズなんて、初回上映を500席の大きなスクリーンで5回分やってくれたんですよ。コケたら大損するような危ない橋を一緒に渡ってくれているわけやから、そこにすごい痺れたし、かっこええなと思いましたね。 ――本当にいろんな人に助けられてできた映画なんですね。 安田 でもやっぱり、一番はゆうのちゃんに頭が上がらないですね。女優としてのいい時期を僕の作品に捧げてもらってしまって、すまなかったなと思ってます。『侍タイ』で少しは返せてたらいいんですけど。
田幸 和歌子