【書評】占領期の東京に兄の敵を討つ英国軍人がやってきた:長浦京著『1947』
大量の医薬品が違法に備蓄された町
隅田川沿いには、トタン板の長い壁が築かれ、廃材とバラックで組み上げられた小さな家が乱立する「トタン要害」があった。住民の自治が黙認され、よそ者を監視する男たちが立っている。ここにもイアンの敵の元日本軍一等兵が家族と潜んでいた。 この町には大量の医薬品が違法に備蓄され、密かに取引されていたから、敵対する暴力団が攻め込んできたり、火災が起きたりした。当時はすべての物資が不足しており、薬品は純金やプラチナと同等の価値を持った。「貧しい人たちが肩寄せ合って生きる場所に見えて、その奥にはやはり汚れた富が潜んでいた」。この町が手にした金はGHQ、警察、暴力団に流れ、住民たちは生きることが許されていたのだ。
米国に反感を覚え、日本を理解する英国軍人
日本国内で絶大な力を持つGHQは一枚岩ではなかった。イアンの敵となる日本軍元将校をめぐっても、利用価値がある間は戦犯でも守ってやるという「参謀第2部」と、民主化に反して将来の害悪となるから排除すべきという「民政局」が対立していた。その確執にイアンは振り回されることになる。 来日前から日本人嫌いで差別主義者のイアンは、逃亡者を見つけ出して冷酷に遺体の一部を切り取った。東京で暴れ回るイアンはGHQや英国にとっても、日本の警察にとっても厄介者になるが、本人の気持ちは段々と変化していた。 「(兄を斬首された者として)日本人に対する敵意と憎しみはまったく消えていない。しかし、東京で暮らす人々の見せる謙虚さ、示す従順さ、反対にこの占領期間を可能な限り利用し、金を儲けようとしているGHQのアメリカ人たちの浅ましさが、イアンの憎悪を以前とは少しずつ違うものにしている。」 日本で新憲法が禁じた検閲を行い、原爆や米兵の暴行事件など都合の悪い報道を管制しているGHQ、アメリカに反感を覚えるようになったイアン。その一方で、あれだけ見下していた日本人に理解を示すようになってくるのだった。
50冊を超える参考文献から占領期を再現
物語はイアンの来日から離日まで、わずか半月ほどの出来事にすぎない。しかし、登場人物の多くが女性も含め、表の顔とは違う意外な思惑を秘めてイアンに接していたから、占領期の日本がいかに複雑で、策謀の渦巻く地であったかを読者に教えてくれる。 例えばイアンの通訳として同行してきた香港女性は、来日して間もなく宿舎から姿を消し、意外な所で再び登場してくる。敵か味方かも最後まで分からず、それを読者に楽しませてしまうのは、2020年に別の作品で直木賞候補となったこともある著者の技量である。 占領期がどんな時代であったか、敗戦を体験した日本は忘れてはならないのだが、正確に理解している人はさほど多くない。著者は文末に掲載されている最新資料を含む50冊(件)余の参考文献などをもとに、占領期「1947」を再現させた。日米の当事者ではない、英国人という“中立的”な立場でその現状を語らせる手法にも説得力があり、その独自性を評価したい。
【Profile】
斉藤 勝久 ジャーナリスト。1951年東京生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。読売新聞社の社会部で司法を担当したほか、86年から89年まで宮内庁担当として「昭和の最後の日」や平成への代替わりを取材。医療部にも在籍。2016年夏からフリーに。ニッポンドットコムで18年5月から「スパイ・ゾルゲ」の連載6回。同年9月から皇室の「2回のお代替わりを見つめて」を長期連載。主に近現代史の取材・執筆を続けている。