惜敗熊本に千葉サポーターも「ガンバレ熊本!」のエール
1点ビハインドで迎えた後半29分。バックパスを受け、前方へフィードしようとした畑の死角からMF町田也真人が現れる。キックをブロックし、こぼれ球を無人のゴールへ押し込んだ。 「自分のミスで試合を壊してしまった。(町田が)来ていることはわかっていましたけど、判断が遅くなってしまって」 反撃の機運が高まっていた矢先の痛恨の失点。しかもボーンヘッドから献上したとなれば、試合の展開的に下を向きかねない。直後に巻が自陣に全員を集め、檄を飛ばした。 「大丈夫だ。下を向くな。これから取り返せばいいんだ」 畑は最も被害の大きかった益城町の出身。自宅および実家は倒壊して住めない状況となり、テント及び車中での避難生活を経て、いま現在もホテル暮らしが続いている。 「サッカーをする、しないとかの話ではなくて、サッカーを考えるという状況ではなかった。本当に生きることで精いっぱいという日々だったので」 千葉戦はNHKのBS1で生中継されていた。すぐに選手たちを集めた理由を、巻はこう説明する。 「畑は特別な思いを抱いてこのゲームに挑んでいたし、精神的にも肉体的にも誰よりも難しい準備のなかでここのピッチに立った。そのことを僕らみんなわかっていましたし、そこで畑が下を向くというのはチーム全員が下を向くのと一緒なので。みんな同じ思いだったし、もちろん試合中も試合後も誰も畑を責めていない。支え合い、助け合いながら戦うことができたと思う」 たとえどんな困難に直面しようとも、一丸となって前へ進んでいく。勝利を届けることはできなかったが、未来へ向けてのメッセージは確かに届けることができた。巻は熊本へ感謝の思いも送っている。 「正直、特に後半は非常に苦しくて、何度も足が止まりそうになったし、何度もあきらめそうになった。何度もゴールへ向かうのをやめようかと思いましたけど、そういう状況僕を含めた全員が思い浮かべたのは、熊本でいまも苦しい思いをされている方々の顔や思いでした。それに比べたら、僕らのしんどさなんて小さなこと。そういう思いが僕らの足を最後まで動かし、ゴールへ向かわせてくれた」 試合終了後のひとコマ。本来ならば自軍のサポーターへ挨拶に向かう千葉の選手たちが歩を進めたのは、熊本サポーターが陣取るゴール裏だった。熊本の選手に続いて頭を下げて、エールを送る。 さらに熊本、千葉の両選手が「がんばろう九州・熊本」という横断幕を手にしながら場内を一周すると、万来の拍手が降り注ぐなかで「ガンバレ、クマモト」のエールが鳴り響いた。 「どんなに足がつっても、どんなに苦しくても最後まで前へ進み続けることができた。その意味では胸を張って一度熊本へ帰って、いい準備をして、次の試合に挑みたい」 ホームのうまかな・よかなスタジアムで試合をできるメドは立っていない。開催予定だった次節の水戸ホーリーホックは、柏レイソルの理解もあって、日立柏サッカー場を代替地として行われる。 未消化分の5試合は、梅雨の時期以降の過密日程となって熊本に試練を与えるだろう。それでもサッカー界が一丸となった絆に支えられ、大好きなサッカーができる状況に感謝し、何よりもサッカーを通じて被災地を勇気づける使命をモチベーションに変えながら、熊本は未来だけを見つめて進み続ける。 (文責・藤江直人/スポーツライター)