フェラーリが2連勝 なぜ今年も、ポルシェはル・マン24時間レースで勝てなかったのか?
残念ながら最高で4位に終わる
昨年に続き、トヨタとの死闘の末にフェラーリ499Pが2連勝を遂げ、幕を降ろした2024年のル・マン24時間レース。事前の予想では今年はポルシェの年になるのではという声が多く聞こえていた。 【写真65枚】昨年に続き、トヨタとの死闘の末、フェラーリの2連勝で幕を降ろした2024年のル・マン24時間レースでのポルシェとトヨタの戦いを詳細画像でチェック ◆優勝への階段を確実に登っていた その通り、本戦の1週間前に行われたテストデイでは、ポルシェが投入するハイパーカークラス・マシンの963が1、2、4位のタイムを記録。さらに予選ではワークスの6号車がポールポジションを獲得するなど、優勝への階段を確実に登っているように見えた。しかし、結果は4位が最上位。優勝はおろか表彰台にも手が届かなかった。その理由はどこにあったのか? ポルシェの戦いを内側から取材したモータージャーナリスと藤原よしお氏がリポートする。 ◆優勝、2位、優勝 3月のWEC開幕戦、カタールのルサイルではケビン・エストーレ/アンドレ・ロッテラー/ローレンス・ファントール組のポルシェ・ペンスキー6号車が優勝。4月の第2戦イタリア・イモラでは6号車が2位入賞。そして5月の第3戦ベルギー・スパフランコルシャンでは、ウィル・スティーブンス/カラム・アイロット組のハーツ・チームJOTAの963 12号車が優勝、6号車が2位と、苦戦した昨シーズンとは打って変わって、今年のポルシェ963は開幕から快進撃を続けている。 ◆必要なことはすべてやった その飛躍の原因についてポルシェ・モータースポーツ部門代表のトーマス・ローデンバッハはこう語る。 「確かに2023年は我々にとって厳しいものだった。ロジャ・ペンスキーのチームとパートナーシップを組んでの新しい仕事だったが、私たちは100%満足したとは言えなかった。そこから今を思うと、信じられないような一歩を踏み出すことができた。そのためには確かに厳しい会議もあったけれど、いいチームを作るために必要なことはすべてやった。こうして結果を出せたのは素晴らしいことだ」 ◆性能調整でも見劣りせず またル・マン24時間レース直前に行われたBoP(性能調整)では、車両重量1042kg(+5kg)、出力511kW(+4kW)とわずかに増加する一方、パワーゲイン調整は加えられず、システム最大エネルギー量も904MJのままとされた。これは重量ではフェラーリより1kg、トヨタより11kg軽く、パワーではフェラーリ、トヨタより3kW多く、最大エネルギー量はトヨタには2MJ劣るがフェラーリより15MJ勝るというもので、下馬表でも「今年のル・マンは圧倒的にポルシェに有利」と言われていた。 ところが結果を見れば、ワークスであるポルシェ・ペンスキーの6号車の4位が最上位で、5号車が6位、ハーツ・チームJOTAの12号車が8位、38号車が9位、プロトン・コンペティションの99号車が45位、ポルシェ・ペンスキーの4号車はクラッシュ、リタイアに終わってしまう。確かにレース直後は期待が高かった分、落胆も大きかったが、改めて予選から振り返ってみると、必ずしもそうとは言い切れないのではないかと思うようになった。 ◆ポールポジションを獲得 テストデイのセッション2では1、2、4位と好タイムを出したポルシェ・ペンスキー勢だったが、6月12日に行われた最初の予選は終盤にトヨタのクラッシュで赤旗中断となったこともあり、6号車が7位、JOTAの12号車が8位に入ったほかは5号車が10位、4号車が19位で終了。しかも12号車はクラッシュでシャシー交換が必要になり、各クラスの上位8台で行われるハイパーポールに6号車しか送り込めなかった。 そして14日の午後8時過ぎに行われたハイパーポールでも、なかなか上位に食い込めない状態が続いていたが、最後の最後でケビン・エストーレが3分24秒634を叩き出し、キャデラックからポールポジションを奪い返すことに成功した。 ◆タイヤのウォームアップと中高速コーナーが速い 「興奮して昨日はなかなか寝付けなかったよ(笑)。少ない燃料、新品タイヤ、ほとんど渋滞なし。この状況でクルマの限界までプッシュして、ラップの最後まで走りきることができた」 アタックを行ったエストーレはスーパーラップの様子を振り返る。そのラップを見るとセクター1、2ではビハインドを抱えていたのに対し、セクター3で一気に0.148秒のマイナスを記録している。実はそこにこそ今回の963の特性が隠されていた。5号車をドライブするフレデリック・マコウィッキはこう話す。 「僕らの強みはタイヤのウォームアップが早いこと、あとは中高速コーナーが速いことだ。一方、ウィークポイントはトップスピードが伸びないこと、直線で5km/hも遅いんだ。これは今更変えられないので、あまり苦にしないように戦略を適応させる必要があるね。最終的には全体的にかなり良いパッケージを持っていると思う」 また4号車をドライブするフェリペ・ナッセもこう証言する。 「最速のクルマを持っていても、レースを完走できなければ意味がないからね。冬の間、僕たちは多くの改善を行って信頼性の向上に努めてきた。そしてここル・マンでは加速、トップスピード、そして中高速コーナーでのバランスの良さがレースのカギになる。各車、得意不得意があるけれど、僕らのマシンは中高速コーナーが良いと思う」 ◆直線スピードの伸びが劣る そう、963はダウンフォースがある分、ライバルが苦労したタイヤの温まりが速く、コーナーリング・スピードも速いのだが、ル・マンのキモである直線スピードの伸びが劣っているのだ。昔とは違い、ル・マン・スペシャル・ボディを投入できないレギュレーションにおいて、それがポルシェ勢の足枷になったのは否定できない。ではそれを補うのは何か? 6号車のリーダーであるロッテラーに聞いた。 「6号車の3人のドライバーはパフォーマンスもよく、すべてが平等で、エンジニアもいい。だから、我々の決断、作戦、すべてが非常にしっかりしている。それがライバルたちに比べた我々の強みだ。正直に言うとクルマはそんなに速くない。ウエットタイヤはいいけど、ミディアム・タイヤとの相性もイマイチだ。でもそれをチームで補って安定した走りができたらと思う」 そしてこう付け加えた。 「常に目の前のことに集中しているし、また改善したいと思っている。そして、レースはファイナルラップの最終コーナーまでが勝負なんだ」 ◆963にも十分に勝機があった 結果的にレースはロッテラーの言う通りになった。途中から降ったり止んだりした雨、大雨となり5時間近いセーフティーカー・ランが続いたナイト・セッション、そして日曜朝にレースが再開されるとクラッシュが多発するなど荒れた展開の中、1位から9位までが同一周回、さらに優勝したフェラーリ50号車と、4位となったポルシェ6号車の差はわずか37秒897という、ル・マン史上でも類を見ない大接戦となったからだ。 もし序盤に降った雨の時、6号車がタイヤ交換をせずにスリックのまま走り続けていたら、その後のドライバー交代で大きく順位を落とさなければ、5号車や4号車がペナルティや、クラッシュにあわず、3台がお互いをサポートしながらフレキシブルな作戦に対応できていたら……レースに「たら、れば」がないのは承知だが、ウェットに強い963にも十分に勝機があったレースだったと思う。そしていつも物議を醸すBoPが、24時間レースを最初から最後まで手に汗握る面白いものとするために、最大限に効力を発揮した結果であるとも言えた。 ◆ライバルに対して優れているのは? ではポルシェがル・マンを再び制する日は来るのか? 今年で87歳になったロジャー・ペンスキーはレース前にこう言っていた。 「24時間レースは最後まで走れなければ意味がない。どこでスタートするかは重要じゃないんだ。だから戦術的なレースになると思う。賢くなければならないと思う。私自身も、ル・マンに初めて参戦した60年前に戻らなければならない。なぜなら、その時は明らかにこのレースに勝つことが目標だったからだ。その後、長年に渡り様々なレースで成功を収めてきたが、まだル・マン優勝だけは達成できていないんだ。そのために今回ポルシェと築いたパートナーシップは素晴らしいものだと思っている。ポルシェは私のビジネスにおけるパートナーでもあるが、会社のトップからボトムまで、これほどまでにレースに深い関心をもつ会社を他に知らない」 それを踏まえて、彼らの何がライバルに対して優れているのか改めて聞いてみると、少し考えた後で、こうはっきりと言った。 ◆「People!」 そして大きな手で僕の肩を叩くと、もう一度「People」と言って去っていった。かつて自身もレーサーとして活躍し、半世紀以上にわたってレースチームを率い、この5月には通算24回目となるインディ500制覇を果たしたリビング・レジェンドの一言は重い。間違いなく彼らは今回の雪辱を、今シーズンの残りのレースで果たしてくるだろうし、来年のル・マンにも必勝を期すことだろう。 もちろん、ライバルたちも黙ってそれを見ているはずがない。つまり、1つだけ確実に言えることは、WECはこれからますます、これまでにない規模でのワークス同士のガチンコレースが繰り広げられる面白いレースになっていく……ということだ。 文=藤原よしお (ENGINE WEBオリジナル)
藤原よしお