スキャンダルの業火のなかから広末涼子がよみがえる 中森明夫
広末涼子とはいったい何だったのか――。 ◇篠山紀信が中学3年生の広末を撮る 1996年2月、初めて私は彼女に会った。そう、15歳の広末涼子だ。中学3年生、卒業の間際である。四国・高知から上京していた。週刊誌の巻頭グラビア頁(ページ)を、篠山紀信が撮る。文章を添える私も、撮影に立ち会った。 「まだ新人やけど、すごい女の子がおるんや」 そう言って推薦したのは、〝天才ヘアメイクアーティスト〟の誉れも高い野村真一である(2010年没)。通称、シンちゃん。宮沢りえ、葉月里緒菜らをいち早く美しくメイクしたシンちゃんの審美眼を、篠山も私たちスタッフも信用していた。 場所は東京港区西麻布の建設現場である。インターネットカフェになるという。コンクリートがむき出しの壁面、鉄パイプで機材が組まれていた。「よろしくお願いしまーす!」と弾んだ声がして、女の子が現れる。ショートカットでつるんとした小さな顔、つぶらな瞳、すらりとよく伸びた手脚……ほう、とスタッフからため息がもれた。美しい。背後では、得意満面の笑顔のシンちゃんが、ヘアブラシ片手に関西弁まじりの鼻歌を唄っていた。 篠山紀信の瞳がきらりと光る。「よし、あそこへ登ってみようか」。鉄パイプで組まれた高い櫓(やぐら)のてっぺんを指差した。「ハイ」と元気よく広末はするすると登ってゆく。まったく物怖(ものお)じしない。抜群の運動神経だ。陸上部のエースだったという。高い櫓のてっぺんに立ち、微笑(ほほえ)む美少女がまばゆいフラッシュの光に照らされる。魅力的な獲物を狙う銃口のように向けられた篠山紀信のカメラが、シャッターを切り続けた。 「恵比寿に開店しためちゃめちゃ美味(うま)い蕎麦(そば)屋があるんや」。シンちゃんが言う。ちょうどお昼時だ。撮影を終え、打ち上げのランチへ行こう、と車で移動した。「あかん、臨時休業や!?」。シンちゃんは泣きそうである。やむなく近場のどうでもいいような中華料理屋へ入った。客は我々だけだ。テーブルをくっつけて宴会になった。小皿料理を並べて、青島ビールや紹興酒でしたたか酔う。篠山は上機嫌で笑い、シンちゃんは相変わらず鼻歌を唄っていた。あっ、と思ったのだ。その日、撮影した美少女のことをすっかり忘れていた。