深海底で生じる「暗黒酸素の発見」と国際機関に期待される役割
国際海底機構(ISA)は、国連海洋法条約に基づいて設立された国際機関であり、その主な目的は、深海底(いずれの国の管轄権もおよばない海底とその下)における鉱物資源採掘を管理することだ。 そのISAが8月2日、2025年から任務に就く新しい事務局長を選出した。投票では、ブラジルの海洋学者レティシア・カルバーリョが79票を獲得。現職である英国出身の海事弁護士マイケル・ロッジは34票にとどまり、カルバーリョの当選が決まった。 新たに事務局長に就任するカルバーリョは自身を、「最先端の科学、企業の権益、世界各国の相反する立場の調停役」としてアピールしていた。これは実際、称賛に値するタスクだが、一方で、実現には困難が予想されるタスクとも言える。深海底での資源採掘に賛成する側、反対する側がそれぞれに、自分たちに都合の良いように科学の知見を解釈しているという現状があるからだ。 こうした状況を如実に反映する好例が、学術誌「Nature Geoscience」に7月22日付けで発表された論文をめぐる動きだ。この論文で研究チームは、深海底によく見られる多金属団塊(ポリメタル・ノジュール)から、光合成によらない「暗黒酸素」が発生していると報告し、これは電気分解によるものではないかとの見方を示している。多金属団塊は、深海底採掘の第一段階で、鉱物の採掘対象と目される物質だ。 これまでの研究では、このような多金属団塊周辺では、酸素量が差し引きで減少していると報告されていた。しかし今回の論文は、2人の査読者による比較的短期間のレビューを行なっただけで、同誌の「brief communication(短報/速報)」セクションに掲載された。 この論文は、科学界の権威として最高レベルの影響力を誇る「Nature」系の学術誌に掲載されたことで、メディアに幅広く取り上げられた。だが、その解釈に関しては慎重を期す必要がある。科学の本質は「プロセス」であり、ただ1つの結論にたどりつくことが目標ではないからだ。 この論文の主著者たちが自ら注記しているように、この結果を再現し、団塊の周囲で発生しているとされる酸素を有意な形で測定した上で、生物地球化学的な意味で一定規模以上の役割を果たしているのかどうかを検証する必要がある。例えば、極地域にある永久凍土層から放出されるメタンは、実際には再吸収されていて、大気に放出される量は、当初の推計の10分の1であることが明らかになっている。 「Nature」はその編集方針として、深海底の鉱物資源採掘に反対する立場を明確に主張している。これは、学術誌としては異例のことだ。同誌がノルウェーを、自国領海内での深海鉱物資源に関する調査を許可したことに関して厳しく非難したのは、この方針を浮き彫りにするものだ。 公平を期すために述べれば、「Nature」編集部は、編集部を批判する筆者の書簡も掲載した。この書簡は、編集部が、アクティビズム(積極行動主義)と科学を混同しているとしてこれを批判するものだ。