俳優・中村優子、徹底した役作り。初主演映画では素性を隠してストリッパーの巡業に同行「役を生きたいと思っていた」
身も心も削られるようなオーディション
中村さんは、2001年に公開された映画『火垂』(河瀬直美監督)に主演。中村さんが演じたのは、男を作って家を出て行った母に代わり、姉として一緒に暮らしてきたストリッパー・恭子(山口美也子)と同じストリッパーになったヒロイン・あやこ。妊娠、堕胎、恋人との別れを経験し生きる意欲を失っていた。しかし、天涯孤独の身の上となった陶芸家・大司(永澤俊矢)と出会い、愛し合うようになるがさまざまな困難が…という展開。 「事務所に入ることが決まって、2カ月後ぐらいにオーディションの話が来たんです。一次は書類審査で、二次、三次となるんですけど、今までで一番過酷なオーディションでした。身も心も削り取られていくという感じで。 二次で大きなお部屋に5、60人だったかな。みんな集められて。何の説明もなくワンシーンの紙ペラ1枚だけを渡されるんですよ。それで、『これを感じたままやってみて』って一人ずつ呼ばれていって。最後に河瀬さんたちがしばらく協議している時間がありましたね。 そのあとカチャってドアが開いて、名前を呼ばれて『ありがとうございました』って帰されるんです。名前を呼ばれたら、そこで終わり。怖いですよ。 まったく前後のわからないワンシーンをそのときの想像力と集中力でバーッとやって、あとはもうひたすら結果待ち。最初に軽い説明はありました。あやこはストリッパーで誰にも心を開いていない…というような本当にシンプルな設定だけ。それだけは一応聞かされて」 ――受かる自信はありました? 「受かるとか受からないという自信じゃなくて、『この役は、この経験は、自分がこれから生きていくのに必要だ』という強い気持ちがあったんです。私に必要だと。これがなかったら、どうして生きていったらいいかわからないぐらいの強い思いがあったので、その思いのままにいたという感じですかね。心臓に良くないですよね(笑)。 それで、最後は3人ぐらいだったかな。実際にストリップの舞台の上で、ちょっと即興で踊ってみるというか。フルマラソンはもちろんやったことがないですけど、そのぐらいの疲労感でした。ものすごく消耗しましたね。 多分1日で本当に痩せたと思いますよ。皆さんもきっとそうだったと思います。決まったと聞いたときは、すごくうれしかったですけど、何だか夢心地みたいな感じでした」 ――かなり心情表現も複雑で難しい役で、ストリップの踊りも大変だったと思います。ストリップの巡業にも同行されたそうですね。 「はい。河瀬さんが本当にリアルなものを追求する方なので、現役の(ストリッパーの)お姐さんに会わせてくださって。踊りの練習もここでこうやって学ぶようにって。 河瀬さんも同行してくれたんですけど、『頑張ってな』と言い残して、3日間くらい私を置いていきました(笑)。そのときは、お姐さんに付いてお着物の畳み方とかも教えていただいたり、一緒に豚汁を作ったり…踊り子さんの日常に身を置いて、生活のお供をさせていただきました。 踊りももちろんそのときにも習いました。2曲あって、最初に赤いドレスで踊った『め組のひと』と、和装の『さくらさくら』。それぞれ先生が違うんですけど、振り(踊り)を教えていただいて、あとは自主練習。本番までに時間が空くんですよね、撮影は贅沢に年間通して四季を撮っていたので。 振りを覚えるのは結構大変でした。今みたいに携帯で動画を撮ってというわけにいかなかったので、バレエをやっている友人に見てもらってターンの仕方とかいろいろ教えてもらったりしていました。 あとは、近所の公共施設みたいなところを自分で予約して、そこに通って一人で踊っていました。本当にずっとやっていましたね」 ――ストリップのステージに飛び入りで参加して、一緒に踊ったそうですね。 「今じゃできないですよね。セッティングはもちろん河瀬さんがしたのですが、そこで実際にどこまでやるかというのは任せられていたし、ちょっと試されていたのでしょうね。 河瀬さんは、自分がどう出るかというのを見ていたと思うんですけど。何て言ったらいいのかな。やっぱりあの役、あやこを生きたいと思っていたので、そういう雑念が飛んでしまうというか。試されているかどうか、というのはあまり大したことではないんですよね。 それよりも、今目の前にあるこの“あやこ”に対して誠実でありたいというか、嘘をつかないことに必死でした」 『火垂』で中村さんは、ブエノスアイレス国際映画祭主演女優賞受賞。『火垂』は、第53回ロカルノ国際映画祭国際批評家連盟賞、同ヨーロッパ国際芸術映画連盟賞を受賞するなど、海外でも高く評価された。 「海外の映画祭は初めてでしたけど、最高でした。すばらしい経験をさせていただきました。海外のお客さんはビビッドに反応してくださって。ああいう日本のすごくドメスティックな空間で作られたものが、地球の真反対の人々の心にこんなに届くんだっていうのは感動的でした」 ――国民性も全然違いますからね。撮影するにあたって、中村さんは劇中で“あやこ”が生活していた下宿で生活されていたそうですね。 「はい。住んでいました。実は今年の夏、家族で奈良に旅行して『火垂』のロケ地巡りをしたんですけど、あやこの家が今もちゃんとありました。 『そうそう、ここをガラッと開けて、妊娠検査薬をバンッって投げ捨てたなあ』とか、いろんなことを思い出していました。でも、大司(永澤俊矢)のお家は駐車場になっていて。 だから、生きているといろんなものが変わってしまうけど、当時の時間や私たち、その瞬間に存在していたものがフィルムに刻み込まれているので、すごくかけがえのないことだと思うんですよね。 それで、時を経てまたその場所を訪ねて、夫と娘と一緒にそこにいるということに、人生の不思議を感じますね」 『火垂』で注目を集めた中村さんは、『血と骨』(崔洋一監督)、『ストロベリーショートケイクス』(矢崎仁司監督)、『クヒオ大佐』など話題作に次々と出演。次回はその撮影エピソードなども紹介。(津島令子) ※河瀬直美監督の“瀬”は旧字体が正式表記 ヘアメイク:風間啓子
※中村優子(なかむら・ゆうこ)プロフィル
1975年1月7日生まれ。福井県出身。2001年、映画『火垂』で初主演。映画『鉄男 THE BULLET MAN』(塚本晋也監督)、映画『ギリギリの女たち』(小林政広監督)、連続テレビ小説『カーネーション』(NHK)、映画『海街diary』(是枝裕和監督)、ドラマ『GIRI/HAJI』(Netflix・BBC)、『コタキ兄弟と四苦八苦』(テレビ東京系)、映画『ユンヒへ』(イム・デヒョン監督)、映画『彼方のうた』(杉田協士監督)、『燕は戻ってこない』(NHK)などに出演。映画『箱男』が公開中。