有名キャラや「帰れない男」も ロンドンに個性豊かな彫像1500体
歴史と伝統の国・英国には、首都ロンドンだけで「約1500体の彫像がある」(英BBC放送)とされる。国王や戦争の英雄といった男性が圧倒的に多い中、近年は、歴史に埋もれつつあった女性の像を新設する動きもある。個性豊かな彫像の数々を追ってみた。 【写真まとめ】リバプールに建つジョン・レノン像 ◇ロンドン最古の像は ロンドンでは「最古」の彫像を巡って見解が分かれる。史跡保護を進める団体「イングリッシュ・ヘリテージ」は、1630年ごろに作られたとみられるトラファルガー広場のチャールズ1世像を最古としている。 「いえ、うちの教会の像が最古です」と話すのは、セント・ダンスタン・イン・ザ・ウエスト教会の職員だ。同教会のエリザベス1世の石像は16世紀に作られたとの説がある。 一方、トリニティ教会広場のアルフレッド大王の石像は、部位によって時代が異なり、下半身の一部はローマ時代の2世紀の作と報じられている。一方で、上半身は18世紀の作とされる。 歴史上の人物の像は主にイングリッシュ・ヘリテージが管理しているが、民間が建てる像もある。BBCなどによると、ロンドンの約1500体の像には名前がないものも多いが、特定の女性の名を冠した像は約50体しかない。動物はその倍の約100体ある。一方、有色人種の像は全体のわずか1%という。 パキスタン系のサディク・カーン市長は2021年、「首都の彫像は、この都市の限定的な面しか示していない」と述べ、王室関係者や軍人、白人男性に偏った像のあり方に苦言を呈した。 ◇首長竜の化石発見 女性に光 女性の像が少ない中、近年話題になったのが、英南部ライム・リージスで22年に建てられたメアリー・アニング(1799~1847年)の銅像だ。世界で初めて首長竜プレシオサウルスの化石を発見した女性である。 アニングは、魚竜イクチオサウルスの完全な骨格も発見した。一部の骨はそれ以前にも英西部ウェールズで見つかっていたが、全体の化石は初めてだった。ちなみに、両方とも「サウルス」の名が付くが、魚竜も首長竜も「恐竜」には分類されない。 「アニングは貧しい労働者階級の女性で、大学にも通っていません。このため、古生物学の発展に多大な貢献をしたにもかかわらず、男性中心で保守的な19世紀の貴族社会の中では論文も執筆できませんでした」 アニングの功績の周知に努める民間団体「メアリー・アニング・ロックス」のアーニャ・ピアソン事務局長は、22年の銅像設置後の取材にそう語った。「アニングは正当な評価を受けていない。そう思った私たちはその功績をたたえようと、銅像を建てることを決意しました」。同団体は18年の設立以降、クラウドファンディングで約15万ポンド(約2900万円)を集め、設置にこぎ着けたという。 ◇倒された「差別の象徴」 建てられる像があれば、倒される像もある。 米国発の「ブラック・ライブズ・マター」(BLM、黒人の命は大事だ)運動が世界に波及した21年には、英南西部ブリストルにある17世紀の奴隷商人エドワード・コルストンの銅像が引き倒された。 人種差別への抗議が広がる中、多くのアフリカ人の奴隷取引に関与したコルストンは「差別主義者の象徴」とみなされたのだ。 ◇「万国の労働者よ」の上に巨大な顔 彫像ではなく「墓」の一部だが、誰もが驚くのが、「資本論」を書いたユダヤ系ドイツ人の哲学者カール・マルクス(1818~83年)の像だ。 マルクスは政治的な危険人物として大陸欧州を追われ、英国で生涯を終えた。ロンドンのハイゲート墓地には、有名な「万国の労働者よ、団結せよ」の言葉が彫られた墓石の上に、巨大なマルクスの顔がドーンと乗っている。 現在、墓の付近はロンドン屈指の高級住宅街になっている。資本主義の限界を説いたマルクスが眠るすぐそばで、資本主義の権化のような大富豪たちが暮らすのは歴史の皮肉だろう。 ◇架空のキャラも風景に 観光客に人気なのは、英作家マイケル・ボンド(1926~2017年)の児童文学に登場する「くまのパディントン」の像だ。 ボンドがパディントン駅の近くに住んでいたのでこの名が付いたとされ、今も同駅のシンボルになっている。観光客があまりに触っていくので、帽子と鼻の部分の色が落ちている。 歴史上の人物に限らず、このように「架空のキャラクター」も町の風景になっている。たとえば名探偵シャーロック・ホームズや、「永遠の少年」ピーター・パンだ。 ちなみに、それぞれの作者、アーサー・コナン・ドイル(1859~1930年)とジェームズ・マシュー・バリー(1860~1937年)は、ほぼ同い年でいずれもスコットランド生まれ。エディンバラ大学出身同士でもあり、終生、仲の良い友人だった。 ◇「家に帰れない男」の像 飼い主の帰りをずっと待つ犬の像として有名なのは東京・渋谷の忠犬ハチ公だが、ロンドン市民の間で「ずっと家に帰れない男」と呼ばれる像がある。 地下鉄ブラックフライヤーズ駅付近にあり、右手を上げたポーズがタクシーを呼び止めている姿に見える。この像は、米国人アーティストが2014年に米ニューヨークからロンドンに移設したものだ。 風景画像が見られるグーグルマップの「ストリートビュー」では「人間」と認識されているようで、他の通行人と同様に顔にモザイクがかけられている。男性は雨の日も風の日もそこに立ち続け、タクシーを待っている。【ロンドン篠田航一】