菌を植え継ぎ、絶やさず未来へ ―千年続く和食の根源:種麹(たねこうじ)造りを担う「もやし屋」とは―
グローバルに広がる麹の世界
さらにここ10年ほどで、海外からの引き合いも増えた。「京都観光に来た外国人のお客さんが、『インターネットで見た』といって、わざわざうちを訪ねてくることもあります。オンラインショップに寄せられた問い合わせをきっかけに、海外との取引が始まり、種麹を送ることも。現地で味噌を造っている業者や、レストラン、あとは個人。海外在住の日本人の方もいらっしゃいます。相手先の国も徐々に増えて、アメリカ、ドイツ、フランス、デンマーク、オランダ…ベトナムなど東南アジアの国からも問い合わせが来ますよ」 種麹を輸出することは、バイオテクノロジーの海外流出には当たらないのだろうか。例えば、麹菌を海外の取引先に売ったら、相手が自分の国で培養を試みることも可能なのでは。助野さんにそう聞くと、「一応、何に使うのかは確認していて、研究用途の場合はお断りしています」との答えだった。実際、いくら湿度や温度などの環境が整ったところで、長年培ってきた技術なしには、安定した質の麹菌を継続して採取することは難しいだろう。 万一、代々伝わる種麹を絶やしてしまったら…という心配も無用だ。菌は生物なので数年おきに植え継ぎをするが、その性質に変化がないか研究室でしっかり確認したうえで、2カ所に分けて管理されているそう。歴史と重みのある仕事だが、今後の見通しについて話す助野さんに、気負いは感じられない。 「今はやっと、麹が知られるようになってきたレベル。麹の後ろに種麹というものがある、と知ってもらうには…まだまだ、これからですよ」と、その口調は軽やかだ。 1000年以上かけて日本人の味覚を形成し、ひっそりと食文化を担ってきた麹。そのさらに裏側で人知れず伝統を守ってきた種麹屋は、和食を支える陰の功労者といえるだろう。 提供写真以外の写真撮影=黒岩正和(96BOX)
【Profile】
助野 彰彦 株式会社菱六代表取締役社長。1977年京都府生まれ。早稲田大学社会科学部を卒業後、東京農業大学短期大学部醸造学科に学び、家業の「菱六もやし」を継ぐ。近年は本業と並行しメディアでの発信に力を入れ、麹および種麹の認知向上と普及に努めている。 扇谷 美果 出版社勤務を経て、現在はニッポンドットコム編集部アソシエイトエディター。食と料理、健康・医療を主軸とし、さまざまな分野の記事編集に携わる。