菌を植え継ぎ、絶やさず未来へ ―千年続く和食の根源:種麹(たねこうじ)造りを担う「もやし屋」とは―
種麹ができるまで
麹菌は、もともと地球上で生息している麹カビのうち、人間にとって有用な菌だけを集めたものだ。麹カビの中には、健康障害を引き起こす菌もいる。友種式で麹を造り続けていると、品質を長く安定させるのも難しい。 そこで、種麹屋の出番だ。種麹屋は、代々選び抜かれてきた安全で良質な麹菌を原菌として保管し、絶やさないよう大事に育てている。それを用途別に、蒸した米や麦などに散布し、より強い麹菌を繁殖させて胞子を最大限に増やす。長年の経験と勘がものをいう職人技だ。
用途に合った種麹を提供
一口に種麹といっても、生えている菌により色が異なる。オリーブ色のような緑色系の種麹は、主に日本酒やみりん、一部の酢の醸造に向く。白色系は味噌や甘酒、塩麹造りに最適。黒色は泡盛用、褐色は焼酎用に主に使われる。 菱六では、出来上がった種麹を2種類の形状で販売している。米などの原料に麹菌を生やした状態そのままの「粒子」、それをふるいにかけた麹菌の胞子にデンプンや米粉を増量剤として混合し使いやすく加工した「粉末」だ。 粒子のほうは、それが種麹なのか、種麹を元に造られた製品である麹なのか、一見して判別しづらい。しかし菱六の場合、種麹は胞子の発芽率が95%以上になるよう管理されており、まさに「麹の種菌」。一方、麹は種麹を原料に散布した後、種麹の半分以下の培養時間、48時間で造られる。種麹が親なら、麹はその子供のような存在といえるだろう。 単一の菌をそれだけで売る場合もあれば、数種類をブレンドして袋詰めにすることも。取引先メーカーの要望を毎年聞き取り、種麹を微調整して提案するのも、助野さんの腕の見せ所だ。
種麹業界のこれから
江戸の昔、京都近郊に限られていた菱六の販路は、種麹屋の減少と流通技術の進歩により、全国に広がった。今や、取引先は2000軒を超える。ライバルこそ少ないが、「脈々と受け継がれてきた伝統こそが商品」ともいえる業界に、新たに参入する若手はいない。しかも、種麹というものは実に経済的で、ほんの100グラムもあれば100~200キログラムもの麹が造れるというから、決してもうかる仕事ではなさそうだ。 そうと知ると、種麹業界は先細る一方ではと気がかりになる。種麹屋の存亡は、麹を使う食文化、すなわち和食全体の危機にもつながるのではないか。助野さんに問いかけると、意外にも「ゆるやかな衰退ではありますが…さほど心配していません」と笑う。 ここ15年ほどの間に、家庭で作る調味料として「塩麹」、健康飲料として「麹甘酒」が大ブームになった。そこから、一般消費者の中で麹に対する興味が高まり、麹の認知度が明らかに上がったと言う。メディアに呼ばれて話をする機会も増え、求めに応じて種麹についてレクチャーをすれば大盛況だ。 菱六の種麹を使い、麹を手作りするワークショップを開催したときは、3日間の受講日程にもかかわらず、満員御礼だったそう。「正直、そんな需要があることに驚きました。麹ならスーパーでも入手できるし、買った方が早い。それだけ麹に関心を持つ人がいることはありがたく、心強く感じます」