日本人の行動を支配する「空気」の正体とそれに抗うための方策/宮本匠氏(大阪大学大学院人間科学研究科准教授)
2025年最初のマル激は、とかく日本人が流されがちだと言われる「空気」の正体とそれに抗う方法を考えてみた。「空気」こそが、日本がいつまで経っても「失われた30年」から脱することができないでいる大きな要因になっている可能性があるからだ。 日本列島は昨年も多くの災害に見舞われた。学生時代から災害ボランティアに従事し、その後、研究者としても中山間地域の被災地の復興過程に関わってきた大阪大学准教授の宮本匠氏はその過程で、被災地の復興には「空気」が決定的に重要な意味を持つことに気づいたという。 2004年に発生した新潟県中越地震の際、大学生だった宮本氏は、復興ボランティアとして新潟県を訪れて以来、20年近くにわたり中越地域に関わってきた。長岡市の木沢集落で出会った住民たちにまた会いたいと思い、年の半分以上を木沢で過ごすようになったという。 親しくなった木沢集落の人々は、山や畑では誇らしげに自分たちの村の話をしてくれるのに、復興について話し合う会合になると途端に「水がない」、「子どもがいない」と、将来に対する諦めや足りない物を求める発言が相次いだという。しかし、宮本氏が住民たちの話をひたすら聞くことに徹するようにすると、住民たちの語りは次第に「ここにはサワガニがいる」、「ウラシマソウがある」といった前向きなものに変わっていったという。 山本七平の論を俟つまでもなく、「空気」の支配が強いと言われる日本では、特に災害時には空気の支配によって「〇〇がない」といったマイナス思考が連鎖しやすい。それが被災者の「諦め感」、「無力感」、「依存心」を引き出し、むしろ真の復興の妨げになっていることに宮本氏は気づいたという。 心理学者のクルト・レヴィンが始めたグループ・ダイナミクスという学問がある。第二次世界大戦中の食料不足に対応するためレヴィンは政府からどうすればホルモン(動物の内臓)を食べる習慣のないアメリカ人にホルモンを食べてもらえるかの相談を受けた。レヴィンはホルモンの調理法を考えるイベントに集まった人を2つのグループに分け、1つのグループにはホルモンについての講義のみを行い、もう1つのグループには講義の後に話し合いの場を設けた。すると講義後に、講義だけを受けたグループでは3%の人しかホルモンを実際には食べなかったが、話し合いをしたグループでは32%の人が食べたと回答したという。この結果をもってレヴィンは、自分の意思を表明する機会があると、その後の実際の行動にもつながりやすくなることを示していると結論付けた。 話し合いの場が設けられ、一人ひとりが自分の意見を表明する機会を与えられることによって、客観的な根拠を積み上げながら良い選択肢を探ることが可能になる。しかし、その機会がないと、特に日本の場合、実体のない「空気」が一人ひとりの意思決定を容易に左右してしまう傾向が強い。 それは今の日本全般にも当てはまる。1995年以降、いわゆる「失われた30年」の中で、日本は生産年齢人口も賃金もGDPも右肩下がりを続けてきた。将来に対する悲観論が日本全体を覆っている。その「空気」を入れ替えるためには、まずは身近な地域の「空気」を入れ替えることが必要だ。それも、ただそう思っているだけではダメで、それを「みんな」の前で言語化することによって初めて行動変容が起きると、宮本氏は自らの経験と研究を元に指摘する。 日本を支配している「空気」とはどのようなものか、どうすれば後ろ向きな「空気」を打破することができるのか、いかにして「ないものねだり」を「あるもの探し」へと転換できるのかなどについて、大阪大学大学院人間科学研究科准教授の宮本匠氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 【プロフィール】 宮本 匠 (みやもと たくみ) 大阪大学大学院人間科学研究科准教授 1984年大阪府生まれ。2007年大阪大学人間科学部卒業。12年大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)。専門は社会心理学。関西学院大学社会学部非常勤講師、兵庫県立大学大学院減災復興政策研究科准教授などを経て22年より現職。特定非営利活動法人CODE海外災害援助市民センター副代表理事。著書に『「みんな」って誰? 災間と過疎をのびのび生きる』、『現場でつくる減災学』など。 宮台 真司 (みやだい しんじ) 社会学者 1959年宮城県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。社会学博士。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授、東京都立大学教授を経て2024年退官。専門は社会システム論。(博士論文は『権力の予期理論』。)著書に『日本の難点』、『14歳からの社会学』、『正義から享楽へ-映画は近代の幻を暴く-』、『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』、共著に『民主主義が一度もなかった国・日本』など。 神保 哲生 (じんぼう てつお) ジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表 ・編集主幹 1961年東京都生まれ。87年コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。クリスチャン・サイエンス・モニター、AP通信など米国報道機関の記者を経て99年ニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を開局し代表に就任。著書に『地雷リポート』、『ツバル 地球温暖化に沈む国』、『PC遠隔操作事件』、訳書に『食の終焉』、『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』など。 【ビデオニュース・ドットコムについて】 ビデオニュース・ドットコムは真に公共的な報道のためには広告に依存しない経営基盤が不可欠との考えから、会員の皆様よりいただく視聴料(ベーシックプラン月額550円・スタンダードプラン1100円)によって運営されているニュース専門インターネット放送局です。 (本記事はインターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』の番組紹介です。詳しくは当該番組をご覧ください。)