「猫に可愛さを求めない」野生味溢れる猫の魅力を“独特のアングル”で切り取る猫写真家に迫る
ここに1冊の本がある。野良猫・寅次郎が主役のフォトエッセイ「今夜は寅次郎に抱かれたい」。2018年に発売した初版の69冊はメルカリで瞬く間に売れ、2021年の再販も出品すると同時に即売れの状態。再販分を含めて500冊が完売となった幻の本「今夜は寅次郎に抱かれたい」の著者tantam2929さん(出版時のインスタグラムアカウント名はyanyam2929)に話を聞いた。 【写真11枚】tantam2929さんが撮影した島猫たち
不思議な魅力を持つ猫・寅次郎との出会い
―寅次郎との出会いのきっかけは?出会いのシーンを教えてください。 2017年、当時住んでいた自宅と最寄りの駅の途中に公園があったんですが、そこに寅次郎は住んでいて通行人からごはんをもらっていたようでした。 ぶっとい身体の割に甲高い声で鳴くので可愛いとは思っていたんですが、あまりにも頻繁に目にすることがあったので「こいつを撮ってみようか」と思ったのが関係の始まりです。 ―寅次郎という名前は?みんながそう呼んでいたのですか? 自分で勝手につけました。 他のおばちゃんとかは「まーくん」って呼んでいましたし、人それぞれの名前で彼を呼んでたんじゃないでしょうか。 tantam2929さんはカメラを通して寅次郎と関係を深めていく。フォトブックには春の日差しのなかで、冬の枯葉のベッドの上で、自由気ままに過ごす寅次郎の姿が写真と文章で綴られている。 寅次郎は地元の人気者で、土日は寅次郎を撫でたい人の順番待ちができるほどだったとか。 「あまりに人間と接しているせいか、寅次郎はよく人間ぽい表情を見せるときがあります。野良猫って少なからず目の奥が“獣”だったりするんですが、寅次郎は何か違うんですよ。(『今夜は寅次郎に抱かれたい』より)」
寅次郎のフォトブックが誕生するまで
しかし、別れは突然やってきた。2019年、寅次郎は公園から姿を消した。 「最初は寒いからどこかで篭って寝てるんだろうなと思っていましたが、どこか様子が変。いつもなら姿は見えなくても気配は感じるんですよ。でも今回は公園が気持ち悪いほど静寂してまるで気配がしません。数日しても姿を現さなかったので、“おらんな。えらいこっちゃ”となりました。数日後には“公園にいた猫がいなくなりました。とても心配しています。心当たりのある方はご連絡ください”という張り紙まで貼られる事態に。(『今夜は寅次郎に抱かれたい』より)」 撫でるために行列ができるほど、ファンが多かった寅次郎。その衝撃は公園中を駆け巡った。 ―突然の別れ、その時の率直な気持ちを教えてください。 当時は猫を撮るのが寅次郎ばかりで、ほとんどの時間を費やしていたので、被写体がいなくなったことは単純に寂しかったですね。え、これからどうしよう。って感じでした。 ―寅次郎のことを本にまとめようと思ったきっかけは?また制作しているなかで気づいたことはありますか? もともと寅次郎との関係性は程よく距離感があって、お互い大した期待感もなかったので、そういうちょっと冷めた感じを本にできないかなーと思ったのが本を作るきっかけかもしれないです。猫の写真ってほとんどが「可愛さ」を求めるものだと思うんですけど、そういう写真集にはしたくなかったっていうのはどこかにありました。 “猫に可愛さを求めない”。ここがtantam2929さんの写真の原点だ。 インスタグラムを見ると、島猫がずらりと並んでいるが、フォロワーはtantam2929さんの切り取る猫の表情やアングルに魅了されているのがわかる。 こちらを睨みつけるような鋭い目つき、半開きの口元、マズルにフォーカスしたちょっと間抜けな表情、毛繕いをするベロ出しの瞬間、しっぽを上げて歩く後ろ姿。かわいいの対局にある、猫の裏の顔ともいうべき一瞬の姿を捉えている。