水中の格闘技と呼ばれるタフな競技で、17歳の高校3年生が日本代表に選ばれた。「こんなに早く代表になれるとは考えてもいなかった」(井上皆)
水中の格闘技と呼ばれるタフな競技で、17歳の高校3年生が日本代表に選ばれた。将来を嘱望される彼の未来に期待したい。。(雑誌『ターザン』の人気連載「Here Comes Tarzan」No.883〈2024年7月4日発売〉より全文掲載) [画像]井上皆選手
こんなに早く代表になれるとは考えてもいなかった
太陽の光で水面がキラキラと輝いている。だが、水中に手を入れると、冷たさに驚かされる。取材したのは初夏と呼ぶにも早い時季。だが、高校生たちは元気一杯。何の躊躇もなく屋外プールに飛び込む。京都府立鳥羽高等学校、水泳部の選手たちだ。水泳部といっても種目は水球。昨年インターハイで優勝を果たした強豪チームである。 水球は「水中の格闘技」とも呼ばれ、激しいボディコンタクトやスピーディな攻防の繰り返しが大きな魅力。しかも、選手は8分×4ピリオドの試合中、ずっと泳ぎ続けなくてはならない。静止しているときは、立ち泳ぎだ。瞬発力、持久力ともに求められるタフな競技なのである。 この競技の日本代表は、昨年のアジア大会で53年ぶりに金メダルを獲得して、パリ・オリンピックの出場権を得た。そして、今年2月に行われた世界選手権の日本代表に、17歳という最年少で選ばれたのが鳥羽高校のエース・井上皆なのだ。写真を見てもらえばわかるが、笑顔はまだ少年の面影を残す。しかし、語る言葉はすべて明確、とても高校生とは思えない大人びたものだ。日本代表に選ばれたときの心境を聞くと、しっかりした口調でこう語った。 「日本代表になってオリンピックに出場するという目標で、ずっと自分と闘ってきたのですが、まさかこんなに早く代表になれるとは考えてもいませんでした。父がずっと水球に関わってきて、僕もその影響で始めてとても尊敬しています。ただ、いつも井上剛の息子という目で見られていた。でも、いつか自分がと思うことがモチベーションになったし、本当に努力することができた。だから、ここまで来ることができたのは、本当にうれしいことだったんです」 父の剛さんは日本だけでなくアメリカの水球界でも、その存在を広く知られている人物。歌手で俳優の吉川晃司とは同級で友人。吉川はU-20の日本代表だったが、6月には吉川監督率いるドリームチームとパリの日本代表の壮行試合が行われた。 これも、剛さんとの繫がりから生まれたのだろう。井上にとって、この偉大な父の元から飛び出せたのが、日本代表に決まった瞬間だったのではないか。ただ、世界選手権までは、厳しい道を歩むことになった。何といっても17歳だったのだから。 「世界選手権の前にオーストラリア遠征があって一番苦労しましたね。自分よりダントツで上っていう選手とはやったことがなかったし、下っ端なので教えてもらわなくてはならない。練習とかで連携を取ってくださった先輩とかに、気遣いつつプレーを合わせようとしていましたね」 それが今年1月のこと。だが、2月の世界選手権に、このままの気持ちで臨んではいけないことに気づく。気遣い、遠慮は自分のためにも、もちろんチームのためにもならない。 「現地(カタールの首都ドーハ)に入ってもう最後の最後、試合前日に自分ができるプレーを本当に出し切ってやればいいという気持ちになった。そうなってから世界選手権に入れたのは、とても大きかったです」 世界選手権が始まる。初戦はリオデジャネイロ、東京オリンピックと2大会連続優勝のセルビアだった。 とその前に一旦井上の生い立ちを。アメリカ生まれ。5歳から兄姉とともに水球を始める。水球の技術は父に、競泳の基本は父の友人である競泳の監督に習った。家にはプールがあった。だが、中学校2年の冬、コロナ禍のなか日本へ戻る。そして、京都踏水会の水球チームに入り、中学の全国大会で2連覇を果たした。 「僕がいた12歳までは体格差はそれほどなかったんですが、アメリカでは(身長が)2mになるような選手がいる。だから、力で押すというような教え方がありました。ただ、自分は父が教えてくれていたので、アメリカでも日本でもない、父の水球を学んだ。スタイルは決まってなく、自由に楽しく水球をやるという感じだった。もちろん、日本に来て馴れるまでに時間は多少かかりましたが、パワーではなくスピードと技術で戦うという、日本のスタイルにも合わせられたと思うんです。ただ、両親ともに日本人ですが、向こうでは英語での生活だったので、日本語にはかなり苦労したんですよ」 高校ではU-16の代表に選ばれ世界選手権に出場する。結果は10位。これは近年の水球の歴史では好成績。若い彼らがメインになった将来は今以上に期待が持てるかもしれない。さらに、井上は得点王になった。しかし、父の剛さんは「あのときは天狗でしたね」と笑う。この親子の絆の強さもわかった気がした。