水中の格闘技と呼ばれるタフな競技で、17歳の高校3年生が日本代表に選ばれた。「こんなに早く代表になれるとは考えてもいなかった」(井上皆)
自信を持ってやれる。それが一番大切なこと
さて、セルビア戦である。第2ピリオドで井上は初得点を挙げる。実は彼はサウスポーで、これは水球ではとても優位に働くのだ。右サイドからの有効な攻撃が仕掛けられる。 「左サイドの選手に注目が集まると、そちらに偏って、右が空いた。それでパスをもらって得点できた。このパターンは高校で何回も決めていたのですが、世界選手権ではボールをもらって緊張がすべて抜けた。これまで感じたことのないシュートが打てた。日本代表で戦っていて、一番自信が持てた瞬間だったんですよ」 ただ、結果は13位。よくやったと言えば、そうだ。しかし、日本の水球はもちろんさらに上を目指せる。現在の日本代表しかり、井上世代にはより大きな期待が持てるだろう。パリ以降のオリンピックも充分視野に入るのだから。もちろん、井上はパリでの日本代表にも選ばれている。オリンピックの夢はとりあえず叶ったわけだ。これから先、何かできることがあるのだろうか。 「ココロの準備ですね。泳ぎが0.1秒速くなるかもしれないけど、それよりもメンタル。自分は本当に弱いと思う。(サウスポーの)右ポジションは自分だけが任されている場所でプライドもあるし、17歳だけど自信を持ってやろうと思っています。今までのオリンピックの最高順位が9位だから、これを超えて8位が目標。ベスト4までは不可能じゃない。高校で尊敬する監督の三浦(敏史)先生に“審判に文句を言っても、試合の流れは変わらないよ”と言われ続けて、人間性も高まったと思う。この前、国語の授業で心・技・体という言葉を教えてもらった。ココロを優先すれば落ち着いて、技術も高まり、カラダがついていくことも理解できたんです」
プロフィール
いのうえ・かい/2006年生まれ。179cm、75kg、体脂肪率12%。アメリカで生まれ、5歳から水球を始める。海外のジュニアの大会に多く参戦。中学校2年時に日本へ戻る。京都踏水会の水球チームに入り、中学の全国大会で2連覇。京都府立鳥羽高等学校へ進学し、U-16の世界選手権に出場。得点王となる。2年時にインターハイ制覇。世界選手権の日本代表に選ばれる。今年、パリ・オリンピックの代表にも選出された。
取材・文/鈴木一朗(初出『Tarzan』No.883・2024年7月4日発売)