販売はコンビニ1軒だけ…幻の「猿沢羊羹」 集落に欠かせない味、主婦3人で手作り
「イーハトヴは一つの地名である」「ドリームランドとしての日本岩手県である」。詩人・宮沢賢治が愛し、独自の信仰や北方文化、民俗芸能が根強く残る岩手の日常を、朝日新聞の三浦英之記者が描きます。 【画像】「まぼろしの羊羹」はこちら 食べると「ジャリッ」と音がするのは…
保存料など一切使わず、すべて手作業
岩手県一関市の山間地で「まぼろしの羊羹(ようかん)」と呼ばれる和菓子が売られている。 商品名は「猿沢羊羹」という。 販売されているのは集落内のコンビニ店1軒のみ。地域で暮らす主婦3人が手作りしている。 午前7時。集落の簡素な製作所を訪ねると、主婦の菅原百合子さん(79)と菊池ちよのさん(73)、荻生ちづ子さん(72)の3人が、忙しそうに羊羹作りの準備をしていた。 「さあ、始めましょうか」 小豆を焚いてザルに入れ、すりこぎ棒を使って裏ごしをする。 できた生あんを鍋に入れ、寒天や砂糖を加えて約1時間40分、火にかけながら交代でかき混ぜる。 あんがねっとりと仕上がったら、トレーに移して一晩寝かせる。 翌朝、3人で羊羹の大きさに切りそろえ、紙で包んで近くのコンビニに並べに行く。保存料などは一切使わず、すべてが手作業だ。
復活を求める住民たちの声に応えて…
羊羹を作り始めたのは2017年。 その3年前に集落の羊羹屋が閉店し、売られていた「明治煉(ねり)羊羹」(通称・猿沢羊羹)が手に入らなくなった。 3人が口をそろえる。 「時間がたつと砂糖が表面に浮き、食べると『ジャリッ』としておいしい。おやつや手土産として、この集落には欠かせない名品だったのよ」 住民から猿沢羊羹の復活を求める声が多く寄せられたため、地域の振興会がかつての店主に羊羹の作り方を伝授してほしいと出向いたところ、「高齢で分量や詳しい作り方も忘れてしまった」と断られてしまう。 一方、店で使っていた羊羹を流し込む型や材料を量っていたボウルなどを譲ってもらえたため、振興会は自分たちの手で新しい猿沢羊羹を作ることにした。
急速な過疎化、高齢化率は4割超
山に囲まれた猿沢集落は、いわゆる「限界集落」だ。 かつては大船渡などの沿岸と一関などの内陸とを結ぶ宿場町として栄えたが、急速な過疎化で商店がずらりと並んでいた街道沿いもいまは魚屋1軒だけ。 人口約1600人の高齢化率は4割を超えている。 羊羹を切りそろえながら菊池さんが言う。 「歳取るとね、人は『食べ慣れた物』を食べたくなるのよ。あたしらにとってはそれが猿沢羊羹だったのよ」 出来たばかりの「まぼろしの羊羹」をお茶と一緒に頂く。確かにおいしい。 表面に砂糖が浮き上がり、食べると「ジャリッ」と音がする。 (2022年5月取材) <三浦英之:2000年に朝日新聞に入社後、宮城・南三陸駐在や福島・南相馬支局員として東日本大震災の取材を続ける。書籍『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で開高健ノンフィクション賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で小学館ノンフィクション大賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で山本美香記念国際ジャーナリスト賞と新潮ドキュメント賞を受賞。withnewsの連載「帰れない村(https://withnews.jp/articles/series/90/1)」 では2021 LINEジャーナリズム賞を受賞した>