警察最高幹部が見せた長官銃撃事件“容疑者”の写真「敗軍の将、兵を語らず」未解決事件を15年追った男が残した言葉
最高幹部が極秘に確認した“容疑者”写真
「国松長官が撃たれた時、隣で傘を差していた元秘書官は事件直前に現場付近で不審な男を目撃したと証言していたんだ。 事件から数年経ったある時、この秘書官のところに警視庁最高幹部が来て、『君が見た犯人とはこの男か?』と見せてきた写真が例の中村泰(なかむら・ひろし)だったそうだ」 中村は東海や近畿地方で銀行強盗を繰り返し2001年に逮捕され、懲役15年が確定していたオウムとは全く無関係の男だ。 この男が「自分が長官を撃った」と言い出した。 「警察の捜査の矛先をオウムに向けさせるため」だったという。一見理解し難い動機を語っていた。 中村の出現により、特捜本部は刑事部捜査第一課の原雄一管理官と数名の捜査員に調べさせた。そのうち警視庁内部でも中村が犯人ではないかと考える幹部も出てきて、直近で犯人を見た元秘書官に中村の写真を見せ、どうしても確認したかったのだろう。 栢木の話は続いた。 「中村の写真を見せられた元秘書官は似ていると思ったらしく、『間違いないです』と答えたそうだ」 中村の自供について栢木は懐疑的に見ていたから、中村犯行説を追認したと言われていた元秘書官に多少穏やかではない気持ちがあった。 「写真の面割(めんわり ※確認作業)なんていい加減なものなんだ。特徴的な髭面のオウム真理教幹部について最初は『間違いない』と言っていた目撃者が、後々に『断言できない』と証言を変えてくることもあったんだから」 筆者が栢木に「15年、あっという間でしたか?」と尋ねると、「そうだね。色々なことをやってきたけど、起訴に至らなかった。『敗軍の将、兵を語らず』です」と、そこから栢木の口が重くなった。
警視庁の勇み足
この事件捜査には15年間で延べ48万2千人の捜査員が投入された。 前述の佐藤氏や栢木だけでなく、多くの捜査員が人生をかけて犯人逮捕を追及したが、事件は未解決に終わった。中には志半ばで命を落とした者もいる。 文字通り警察の威信をかけた捜査だった。それが故に、最後の最後で勇み足が出てしまった。 警視庁は公訴時効成立にあたって犯人特定に至らなかったにも関わらず、オウム真理教による犯行だと発表する。 公安部は「実行犯特定に至らなくても、犯行を行った可能性のある団体について公表することは前例がある」として意地を張った。 オウムの後継団体はこれを不当だとして名誉棄損で国賠訴訟をおこし、警視庁に賠償金100万円の支払いを命じる判決が最高裁で確定した。 国賠訴訟の判決は警視庁の発表について以下の様に指摘している。 本件公表は、以上のような社会の耳目を引いた本件狙撃事件の捜査の経緯及び結果を説明するという観点からは、警察の説明責任を果たす意味においても必要性があるものと認められる。 また、控訴人が主張する同事件やA教の教祖及び一部の信者が実行した地下鉄サリン事件等の凶悪なテロ事件を風化させることなく、逃亡中の地下鉄サリン事件等の警察庁特別手配被疑者3名に対する情報提供を得ることに加え、これら事件と同様のテロ事件の発生を防止するために、国民による犯罪抑止活動や防犯意識を高揚させて地域等における防犯活動の推進を図り、国民の理解と協力の下に警察活動を行うということも、上記の必要性と並んで又は副次的な目的として、一般的に許容されるものと解される。 しかし他方、捜査された事件の刑事責任についての説明においては、被疑者ないし被告人は裁判で有罪とされるまでは無罪の推定が働くことに鑑みると、捜査段階においてはもとより、裁判が確定するまではあくまでも嫌疑の域を出るものではないから、犯人(犯行主体)として断定することは相当でなく、その段階での犯人(犯行主体)の断定により当該人または団体の名誉を毀損した場合には、特段の事情がない限り、前記(2)で述べた警察法1条及び2条に含まれる個人の権利を害することになる濫用的な警察権限の行使をしてはならないとの職務上の義務に反するというべきである。 以上の観点から本件についてみてみると、本件狙撃事件については、A教の信者3名が被疑者として逮捕され、検察庁に送致されたが、嫌疑不十分の理由により不起訴処分となった上、本件公表時には、同事件の公訴時効が完成しており、もはや同事件に係る刑事責任を追及することができない事態に至っていたのであるから、本件公表において同事件の捜査の経過及び結果を説明するとしても、犯人性、有罪性を前提とした犯人(犯行主体)の断定を伴う説明をすることは、本来的に許されないというべきであり、また、その説明により、前記1の説示のとおり、被控訴人の社会的評価の低下が生じているから、本件公表は、特段の事情のない限り、警察における職務上の義務に反するものというべきである。 判決では、事件が未解決に至った捜査のいきさつについて警視庁が説明する必要性は認めている。 本件捜査の経過や結果についての顛末を説明することは問題ないが、裁判で有罪だと決まったわけではない人間を犯人だと決めつけることは許されないと断じた。 法治国家である以上、法と証拠に基づき立証されなかった人や団体を犯人だと断定することは絶対にあってはならないのは言うまでもない。