『バティモン5 望まれざる者』ラジ・リ監督にインタビュー
──階段の上り下りのシーンが繰り返し出てくるのも印象的でした。 共用部の階段は踊り場も含め、団地の住民にとっては生活の場そのものです。何か飲みながらおしゃべりするなど、バーやカフェの代わりとして機能します。そして、そもそもエレベーターが常に故障しているために、階段を使わざるをえない。それほど劣悪な場所に押し込められているということを暗に示していると言えるかもしれません。 ──臨時市長に就任するピエール役のアレクシスさん、副市長ロジェ役のスティーヴ(・ティアンチュー)さんなど、監督の前作『レ・ミゼラブル』(19)でお馴染みの俳優陣も出演しています。 もともと親しい間柄ですし、プロフェッショナルな俳優たちなので、どんな役でもやってくれるだろうと。アレクシスには、前作は偏った思想の警官、今作は右派寄りの市長と、ともにヒール役を演じてもらいました。誰しもひとたび政治の世界に踏み入れると、どうしても権力からくる全能感に味をしめてしまう。アレクシス演じる市長ピエールも、最初は誠実さが感じられますが、例外ではありません。スティーヴも前作は市長、今作は副市長と、続けてどこか卑劣な役を演じています。 ──前作では、警察におけるホモソーシャルな男性社会が捉えられていました。今回、自身もマリにルーツを持ち、フランス語を話さない移民たちのケアスタッフとして働く女性アビーを主人公にしたのはなぜですか? 前作では警察の暴力性を描くというテーマ上、男性社会にフォーカスしました。ただ、フランスのメディアでもよく「女性が出てこないじゃないか」と指摘されたんですが、まったく登場しないわけではありません。女性警官や母娘など、登場時間こそ短いですが、自分としてはそれぞれに存在感の強いキャラクターだと感じています。 その上で今回アビーを主人公に据えた理由ですが、貧困地区には実際に彼女のように、さまざまな市民活動に従事している女性たちがたくさんいます。でも、その声はなかなか社会に届きません。だからこそ私はこの作品を通して、そういった女性たちの存在を世の中に伝えるとともに、オマージュを捧げたいと思いました。 ──ピエールの妻ナタリー(オレリア・プティ)もメインキャラクターの一人ですが、彼女がシリア移民の若い女性にフランス語の文法を教えるシーンも興味深いです。 かつてフランスは植民地政策を打ち出してアフリカなどへ進出したわけですが、当時は“現地の野蛮人を、私たち文明人が啓蒙してあげよう”といった思想を掲げたキリスト教伝道者たちが実在していて。その精神がナタリーの中にも無意識に残っているのかもしれませんね。女性支援に尽力しようという誠実な面もあるんでしょうけど、同時に何かきな臭さも感じさせる人物だというふうに想定しました。 [*これ以降、クライマックスについて直接的に触れています。ご注意ください] ──アビーは市政の腐敗ぶりに失望し、次の市長選での立候補を決意します。よくある映画なら選挙結果まで描くと思うんですが、そうしないのが意外でした。 オープンエンドにすれば、観た人たちの間で議論が広がると思うから。『レ・ミゼラブル』にしても、「あの後どうなるか」という問いに関して、何十通りもの解釈が可能ですよね。すると、どんな解決策があるか考えるきっかけになる。そういう点にこそ面白みを感じるんです。 ──今回も、誰が副市長ロジェの車を炎上させたのかわからないですよね。アビーなのか、アビーの幼なじみブラズ(アリストート・ルインドゥラ)なのか、それとも……。 誰が火をつけたと思います? ──えっと、2回観た上でアビーかなと思いました。監督の中で答えはあるんですか? ええ。脚本はアビーが犯人だという前提で書いたんです。アビーは怒りに燃えていますが、望んで暴力に手を染めたわけではありません。車に火をつけるシーンも撮影しましたが、やはりあえてカットして曖昧にすることにしました。 ──そうでしたか。でも、誰が火をつけてもおかしくない状況というか……、この映画においては犯人がわかることにあんまり意味はないですよね? はい、そのとおりです。