『仁義なき戦い』笠原和夫の幻の脚本で実現された映画『十一人の賊軍』…「東映集団時代劇」の歴史と「復活の意味」
「東映集団時代劇」の歴史
「東映集団時代劇」というネーミングは70年代に入ってから定着したものであり、リアルタイムの路線として確固たるカテゴリーはない。すでに現代劇においても『十一人のギャング』(63年)のような集団アクションが発表されており、スター主義からの脱却を余儀なくされていた。 かくて東映集団時代劇の嚆矢となったのは、1963年7月の公開作『十七人の忍者』。駿府城に隠された謀反の連判状を奪うべく、伊賀の忍びと城側との攻防戦が描かれる。前述の渡邊達人は映画『ナバロンの要塞』をヒントに池上金男に脚本を依頼、『柳生武芸帳 片目水月の剣』(63年)で監督デビューしたばかりの長谷川安人が非情の集団性を具体化させ、高い評価を受けた。 集団時代劇の主役は「攻める側」だけではない。『忍者狩り』(64年)では伊予松山藩を潰さんと将軍家お墨付きを狙う甲賀勢に対し、雇われ浪人四人組が立ち向かう。城内に潜む忍びを探り当てるため、容疑のかかった藩士を次々と斬り捨てていくシーンは本作の白眉であり、リアリズムの先にある苛烈さを発露。黒澤明の東宝作品『用心棒』(61年)、『椿三十郎』(62年)によるショックから各社とも血みどろの「残酷」に走った時代であった。『忍者狩り』の脚本は若手の高田宏治、監督の山内鉄也も本作がデビューであり、モノクロの闇に才気を光らせた。 『忍者狩り』の主演、近衛十四郎による「柳生武芸帳」シリーズも剣豪ものから集団時代劇へと変貌。シリーズ第8弾『柳生武芸帳 片目の忍者』(63年)は砦に攻め入る柳生一門を「数」として扱い、銃弾と手投げ爆弾が乱れ飛ぶ凄絶アクションに仕上げている。続く『十兵衛暗殺剣』(64年)においても湖族相手の水中戦が行われ、シリーズ最終作を見ごたえあるものとした。 池上金男×工藤栄一のコンビは、『十三人の刺客』に次いで『大殺陣』(64年)を発表。甲府宰相こと徳川綱重の暗殺を描いた集団時代劇であり、テロリズムの要素が大幅に加味された。甲府宰相の行列への襲撃は前作のような計略ではなく、行き当たりばったりの生々しい混乱と殺し合いをハンディカメラのゆれうごく画面によって臨場感たっぷりに表現する。 ここまで荒々しいカメラワークを駆使した時代劇は東映になく、のちの『仁義なき戦い』(73年)から始まる実録路線や『柳生一族の陰謀』(78年)に先駆けての表現となった。レンズに泥が付こうが構わず刺客たちを追いかけ、また襲撃によるパニックを客観的なロングショットで捉えた画には安保闘争の「音」を加え、視覚だけでなく聴覚にまでドキュメンタリー性を訴えた。 『大殺陣』に続いては、集団時代劇初のカラー作品として『大喧嘩』(64年)を製作。やくざ同士の抗争を山下耕作が監督し、美剣士スターの大川橋蔵がダーティな役どころに扮したが、これまでの諸作のような評価を得ることはなかった。 そのほか大坂を舞台に元海賊たちの活躍をユーモラスに映す『集団奉行所破り』(64年)や刑事ドラマの時代劇版『江戸犯罪帳 黒い爪』(64年)、新選組の内部粛清を扱った『幕末残酷物語』(64年)も集団時代劇といえる。しかし野心あふれる挑戦の数々も興行的には厳しい結果が多く、東映京都撮影所は時代劇から任侠映画へと路線を一変させていく。
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