眠るために一番大事なのは「考えないこと」 不眠症の賢者に横尾忠則からアドバイス
不眠症の人は結構多いと思います。眠れないことほどつらいものはないですよね。僕も時に不眠症になって一晩中七転八倒することがあります。
結論から言ってしまうと不眠症の原因は物を考え過ぎることです。不眠解消のために睡眠薬を飲んだり、日光浴をしたり、散歩をしたり、運動したり、アロマを試したり、枕を替えたり、ベッドのマットレスを替えたり、心地よい音楽を聴いたり、風呂に入ったり、スマホを眺めたり、部屋の電燈を調整したり、お酒を飲んだり、ミルクを飲んだり、深呼吸をしたり、難解な本を読んだり、ベッドの向きを変えたり、アイマスクを付けたり、テレビを消したり、マッサージをしたり、逆立ちをしたり、朝日を浴びたり、マインドコントロールをしたり、羊の数を数えたり、精神科の医師にかかったり、熱いお粥を食べたり、メディテーションしたり、鍼灸治療をしたり、不眠症を治すための本を読んだり、就寝時の身体の位置を変えたり、意識的に何日も眠らなかったり、家を越したり、ありとあらゆることを試めした結果、どれも効かなかった、という話があります。 でもそのうち、くたびれて病気になり、その結果不眠症が治ったりすることもあるのです。ほんのちょっとした切掛けで治ることもあります。僕はある時、新聞の不眠の書籍広告のコピーに「眠らなかったら死ぬ!」と書いてあるのを見て、びっくりした結果、その日から不眠がケロッとウソのように治ったことがありました。こういうのを逆療法というのですかね。「死ぬ!」と聞いたことでその夜から死ぬように眠れたのです。 まあ人それぞれに悪戦苦闘の末、いつの間にか眠れるようになるのです。僕は不眠で4日間一睡もできなかったことがありますが、5日目から爆睡するようになりました。不眠症にかかってしまうと、「また今日も眠れないのか」と自己暗示をかけてしまい、その結果、眠れなくなるのです。 ところが、僕は映画や、特に芝居を観に行くと、すぐ眠ってしまいます。映画でもつまらなければ眠たくなりますよね。そんな時は腹を決めて映画館か劇場に、少しお金はかかりますが、毎日、観に行けば2時間ばかりは眠れます。面白くない講演会も絶好の睡魔が得られます。 賢者こそ眠れないのです。その点愚者は不眠の経験などないはずです。人間、アホになれば眠れるのです。頭の中に観念や言葉が渦巻いている人は不眠になるでしょうね。自分が眠れないのは頭がいい証拠だと、別次元にすり替えて不眠に代って自己満足するのは如何でしょうか。不眠を何かにすり替えて、そのことで満足するのも手かも知れませんよ。 最近の僕は、不眠症ではなさそうです。むしろ眠ることを拒否しているように思います。夜中に2~3度トイレに行くために目が覚めます。トイレから帰ったらすぐベッドの中でバタンQと眠ってしまえばいいのに、僕は必ず足元の大画面のテレビをつける習慣があります。見る番組はだいたい外国の観光風景を映す番組です。これをボンヤリ眺めます。昔と違ってもう海外旅行は20年以上も前からあきらめているので、テレビが旅行を代行してくれるのです。 ただ、映っている風景をダラダラ眺めているといつの間にか眠くなってきます。それでもまだ無理して見ようとします。すると手がすべってリモコンを切っています。こんなことを毎晩2~3回続けています。光やスマホ、テレビなどは眠れない原因になると言われますが、そんなことないです。かえって目が疲れて眠れます。 眠ろうとしないで、起きよう、起きようとすると自然に眠るものです。それと一番大事なのはやっぱり考えないことです。インテリを止めてアホに徹すれば眠れます。僕が不眠症になっていた頃は、眠るのが大嫌いだったのです。眠って無意識になってしまうのが勿体ないと思っていた頃に不眠症になったのですが、理由が理由だけに不眠症を恐れるようなことはありませんでした。 最近は年齢のせいか厚つかましくなって、眠っても起きていてもどっちでもいいじゃないかと、思うようになってからは、眠れるようになったのです。年と共に「ねばならない」という概念はなくなります。どっちでも、どうでもええやないかと思うようになると、気がついたら眠っています。老齢になると睡眠時間が短かくなるといいますが、僕は逆で、昼間でもアトリエでウトウトしながら絵を描いている時があります。 ものを考えるというような習慣がいつの間にか面倒臭くなってしまうのです。だから眠くなるのです。読者の方も、こんな僕の文章を読んでいる内に眠くなられたんじゃないでしょうか。まあ死んだら一生起きたままで、眠る必要もなくなります。だからこの眠れない現世は死後の世界だと思えば別に眠れなくても怖いことはないと思いますよ。 横尾忠則(よこお・ただのり) 1936年、兵庫県西脇市生まれ。ニューヨーク近代美術館をはじめ国内外の美術館で個展開催。小説『ぶるうらんど』で泉鏡花文学賞。第27回高松宮殿下記念世界文化賞。東京都名誉都民顕彰。日本芸術院会員。文化功労者。 「週刊新潮」2024年11月7日号 掲載
新潮社