2024年の出来事を武田砂鉄が振り返る「とにかく逃げる、逃げる、逃げる」──「裏金問題」「袴田事件」「大阪・関西万博」「マイナンバーカード」ほか
2024年の出来事を総括。ライターの武田砂鉄は何を語る? 【写真を見る】謝らずに逃げる、開き直る、誰かのせいにする。
武田砂鉄「逃げて開き直る、この限度をいよいよ超えてしまった」
2024年を振り返る原稿を、との依頼が来た。今年、よく見聞きしたのは「こんなの一般社会ならアウトでしょう」というもので、それは主に、自民党の裏金問題に対する、怒りを込めた感想。確かに一般社会では、引き出しに裏金を隠していたり、秘書が勝手にやっていたことなので驚いていますと開き直ってみたり、問題を起こした側のくせに、追及する声に対して「いつまでやってんだ」と野次ったりすると、これまでの立場のままではいられなくなる。 だとすると、それでもまだ自浄作用が働かないあの社会というのは「一般社会」ではなく、なんなのだろう。「一般社会」をよりよくするために働くのが政治家の役割なのだが、それよりも自分たちの社会のことばかり考えているのだろうか。どんな「一般社会」よりも、金の動きに厳しくなければならないはずだが、自分たちは許されてしかるべき、と信じてやまない日頃の態度のまま、この件にも臨んでいた。その態度に呆れ、衆議院選挙では自民党に厳しい結果が下されたが、選挙に受かったからといって許されたわけでもないし、説明せずに逃げ回っている人たちが何人もいる。 「謝らずに逃げる」、そんな情けない共通点がいろんなところで見受けられた。謝ればいいってものではないが、それは謝ってから考えるべきこと。その順番が守れない。1966年に発生した袴田事件、袴田巌さんの無罪がようやく確定した。事件発生から実に60年近く、一人の人生を丸ごと奪う冤罪事件となった。控訴を断念した検察が、畝本直美検事総長名義で談話を発表したが、この内容が本人や支援者を踏みにじるような内容だった。 無罪判決の決め手となった証拠品の「血染めのズボン」などについて、「本判決が『5点の衣類』を捜査機関のねつ造と断じたことには強い不満を抱かざるを得ません」とした上で、「本判決は、その理由中に多くの問題を含む到底承服できないもの」と、あたかも問題が残っているかのような談話を残したのだ。「法的地位が不安定な状況に置かれてしまうこととなりました。この点につき、刑事司法の一翼を担う検察としても申し訳なく思っております」と続けたものの、要するに、検察はまだまだアナタを犯人だと思っているけれど、もうさすがにこれ以上やるのもどうなのか、って空気ですし、今回の判断に渋々納得することにしました、といった見解で終わらせる。言葉として一応「申し訳なく思っております」としながら、申し訳を重ねている。強権を活かした逃避だ。