オートレーサー森且行 奇跡の復帰とSMAPへの思い 「約束のオーバル 劇場版」
<ニッカンスポーツ・コム/芸能番記者コラム> SMAP脱退から28年、オートレーサーとして活動を続ける森且行(50)を追ったドキュメンタリー映画「オートレーサー森且行 約束のオーバル 劇場版」が29日に公開される。 試写で見る機会があったのだが、再起不能と思われた21年1月の落車事故から、奇跡の復帰を遂げるまでの過程にスポットを当てる一方で、そもそもオートレースを目指した原点やSMAPメンバーへの思いを本人が語っていて、興味深かった。 目を覆いたくなるような事故シーンが序盤に挿入される。日本選手権で優勝、「必ず1番になる」というSMAPメンバーとの約束を果たしてからわずか82日後のことだった。時速150キロで疾走し、ブレーキはない。危険と隣り合わせのオートレースの世界について森は「誇りを持っている。いつ死んでもいい」とまで言い切る。 その言葉を裏打ちするように、カメラは事故による重傷と過酷なリハビリを追いかける。肋骨(ろっこつ)、背骨、骨盤を損傷し、医師は「命があっただけで…」。4回の大手術を経て、1年後の再手術で外した背骨のボルト類の重さについて、森自身が「ステーキ1枚分だね」。250グラムに及んだ。 医師も周囲も復帰を絶望視する中で本人だけはあきらめずにひたすらリハビリに取り組む。 「(SMAPメンバーらに)迷惑かけてこっち(オートレース)に来たんだから、簡単にはあきらめられない。先生(医師)、仲間、ファン…。支えもあるし」と心境を明かす。オートレーサー同期の1人も「自分のためだけだったら、あそこまで頑張れないと思う」と話している。 復帰レースは事故から2年3カ月後の昨年4月。SMAPのメンバーカラー5色をあしらった☆をペイントしたヘルメットをかぶった森は勝利で飾る。 「(香取)慎吾ちゃんからは『負けてもいい。次勝てばいい』って。つよぽん(草なぎ剛)は『復帰しただけで勝ちだよ』と」 レース後、メンバーから贈られていた励ましの言葉も明かす。 96年5月、人気絶頂のSMAPを脱けてまで、オートレースに身を投じたのはなぜなのか。そんな原点の思いも語っている。 「オートレーサーになりたいと思ったのは幼稚園の時から。土日になると父親に連れられてレース場に。公営競技で一番スピードが出るし、(鉄スリッパが)地面に擦れて出る火花もカッコ良かった。僕にとってもゴレンジャーだった」 10代から慣れ親しんだ芸能界から、まったく別の世界に飛び込むことに抵抗はなかったのだろうか。 「小3のときに両親はいなくなり、その後は父母の兄弟が兄(久典氏)と僕の面倒をみてくれた。その頃に、どこに行っても楽しく生きていけるという感覚が身に付いたんじゃないかなと思う」と振り返る。 所属する川口オートの「楽屋」風景もひんぱんに登場し、同僚や担当記者ときさくに接したり、「整備の鬼」と言われるだけあって器用にエンジンの分解、組み立てをする様子も紹介される。 「もう一度日本一になって、テングになりたい」。終盤の笑顔が印象的だ。 スポ根もの、SMAP外伝…いろんな見方のできるユニークな作品に仕上がっている。【相原斎】 ※草なぎ剛の「なぎ」は弓ヘンに前の旧字体その下に刀