「選手の息遣い、監督の感情まで含めてデータと向き合うことが求められる」――小井土正亮(筑波大学蹴球部監督)×梨本健斗(ガンバ大阪アナリスト)対談
2023年8月10日、ガンバ大阪はテクニカルスタッフとして梨本健斗を追加登録したことを発表した。当初は強化部所属だったが、ポヤトス監督が能力を高く評価し、シーズン途中から“アナリスト”としてチームに帯同することになった。 そんな梨本が2022年まで所属していたのが筑波大学蹴球部。Jリーグクラブで活躍するアナリストを多く輩出している大学サッカー界の名門であり、監督を務めるのはガンバ大阪や清水エスパルスでコーチ(分析担当)を歴任した小井土正亮である。 新旧のガンバ大阪スタッフであり、監督と部員という関係でもあった2人はアナリストという仕事をどのように捉えているのか。そして、データ分析の専門家目線で考える今シーズンのガンバ大阪は――。 インタビュー・文 玉利剛一(フットボリスタ編集部)
卒業生でモデルがいないタイプのアナリスト
――最初に梨本さんがガンバ大阪でアナリストとして働くことになった経緯を教えてください。 小井土「私が(2013年に)ガンバでコーチを務めていた縁もあって、強化部の方から『データを活用したチーム分析や映像の編集ができて、事務作業の能力も高い人材いない?』と連絡をもらったのがキッカケですね。梨本が大学卒業を控えていたタイミングでもあったので、数字にも強い彼ならニーズにピッタリだなと推薦しました」 梨本「最初にガンバに来たのは、インターンという形で強化部の仕事を経験させてもらった大学4年生(2022年)の夏です。そこで仕事内容の説明を受け、実際に自分でチームを分析した内容をプレゼンして、採用のオファーをいただきました。 正式な在籍は2023年1月からで、当初は強化部の所属として事務的な業務も含めてクラブとチームを繋ぐ仕事をしていました。強化部の立場でポヤトス監督と5試合単位くらいでデータを活用しながら考えを擦り合わせるミーティングを重ねる中で、『1試合単位で対戦相手の分析も含めた形で活動して欲しい』とリクエストがあり、夏頃から監督の近くでサポートするアナリストのポジションで仕事をさせてもらっています」 ――筑波大学蹴球部は選手だけではなく、プロのアナリストも輩出し続けている組織としても有名です。どのような環境要因があるのでしょうか? 小井土「これまでプロになったアナリストは、スポーツや健康について学ぶ体育専門学群の学生が多かったのですが、梨本は情報学群というプログラミングなどを学ぶカリキュラムの卒業生なんです。だから、データ分析や映像の編集に関して『ナッシー(梨本氏のニックネーム)、そんなことできるの!?すごいな』ということが多くて、これまでのアナリストと比較しても特殊な存在です。本人が筑波の環境をどのように捉えていたか私も聞きたいですね」 梨本「筑波のアナリストはコーチ寄りの方が多いのは分かっていたので、競技経験がそこまでない自分がチームに貢献するためには、データ分析に関しては一番の存在にならなきゃいけないなと考えていました。対戦相手の試合映像を誰よりも繰り返し見て、分析することは自分に課していました」 小井土「アナリストにありがちなのは『私はこういう風に分析しました』で完結してしまうことなんです。数字ばかりを追うアナリストもいますが、梨本は毎日グランドに来て、選手とボールを蹴って、良い関係性を築いた上で言いたいことを言う。彼の人柄によるところが大きいと思いますけど、グループの中での立ち振る舞いが上手なので、先輩に可愛がられながら、頼りにもされていたなという記憶があります。『ナッシーが言ってるデータなんだから、うまく使おうぜ』という選手間の雰囲気はありました」 梨本「データ分析は選手が受け止めてくれて初めて意味があるものなので、(データに)関心をもってくれる選手が多かった筑波の環境に恵まれたところも大きかったです。選手がどのようなデータを求めているか、伝え方については、大学院生の先輩コーチから多くを学ばせてもらいました」 ――梨本さんには学生時代に筑波大学蹴球部OBである山原怜音選手(清水エスパルス)の分析記事をフットボリスタに寄稿いただいたことがあります。当時のコミュニケーションで印象的だったのが「データの使い分け」についてです。相手、目的、時期、対象……状況に応じて取得・分析するデータを変えていると話されていました。 梨本「そうですね。例えば『パス数』1つとっても、エリアで見るのか、人で見るのかによって数字の意味が変わってきます。チーム状況や、監督が伝えたいことをふまえた上で何を選択するが重要だと思っています」 小井土「それ(選択眼)は、これから最も求められるスキルになるでしょうね。データって無限に取れるんですよ。カタールW杯についてのFIFAの分析を見ていても、パスは『ライン間に出したものなのか』『ブロックの外側に出したものなのか』等、細かく分類されている。だからこそ、現場の空気感……つまり、選手の息遣い、監督の感情まで含めてデータと向き合うことがアナリストには求められる。極端なことを言えば、『セレッソ相手にはデータなんて関係ねぇんだ!』と切り捨てることも必要かもしれない。データの背景も含めて解釈できる能力が必要です」 ――そんな小井土監督に対して、梨本さんが大学時代にデータを提供する時に意識していたことはありますか? 梨本「意識決定の基にしてもらいたいということです。私自身は大量のデータを持っている中で、相手が必要なデータは何かを常に考えていました」 小井土「ナッシーはデータの出し方のセンスが良かった。一方通行にデータを見せてくるのではなく、こちらの質問に対して臨機応変にデータを出し分けることができました」 ――何か具体例を挙げてもらえませんか? 梨本「自分が4年生になるタイミングで、前シーズンの失点シーンをすべて分析し直したんです。今考えると多くのチームにも当てはまると思うんですが、(失点に至るまでの)3プレー以内に誰かが球際で負けている割合が高いことが分かりました。筑波の選手は皆上手いけど、守備の意識や、戦う姿勢がライバルの大学と比較して足りないとスタッフと話していたので、選手のモチベーションを高める上でも、そのデータを見せたことはあります」 小井土「監督として面白いと思ったのは『相手よりポゼッション率が高い時は勝率が低い』というデータ。このデータが頭にあったので、試合中に『これは負ける試合のパターンかもしれないな』と考えながら指揮ができ、ハーフタイムに選手交代を含めて早めの判断ができたこともありましたね」 ――小井土さんは以前、選手に対しては戸嶋祥郎選手(柏レイソル)など、練習姿勢などの面でモデルとなるOBの名前を挙げて指導されていると話されていました。アナリストにおいては、そのようなOBの存在はいますか? 小井土「過去、筑波に在籍したアナリストは選手と兼任というケースが普通で、4年間でアナリストに対する関心が生まれ、大学院で専門的なスキルを磨くというルートを歩むことが多いんです。梨本は私が監督を務めるようになってからは初めての専任のアナリストなので、繰り返しですが、情報学群の卒業生という点も含めて卒業生にモデルがいないタイプ。入学時から覚悟が違ったというか、大学の4年間が終わる時には修士(大学院卒業)以上の経験を積んでいたので、安心してガンバに送り出せました」