「選手の息遣い、監督の感情まで含めてデータと向き合うことが求められる」――小井土正亮(筑波大学蹴球部監督)×梨本健斗(ガンバ大阪アナリスト)対談
「自分が裏でコントールしているんだ」
――いわゆる新卒入社に近い形でガンバ大阪の一員になった訳ですが、昨年フットボリスタで実施させていただいたインタビューでも梨本さんが即戦力であった趣旨の発言が何度かありました。評価を勝ち得た要因を自己分析してもらえませんか? 梨本「え~!難しいですね(苦笑)。筑波でもそうでしたが、データを活用した分析においてはクラブの中で自分に専門性がある部分で、ポヤトス監督も(データ分析を)求めてくださっているのが大きいと思います。コーチングスタッフの方々が自チームや対戦相手を分析されている中で、私はデータ面や映像編集の部分で“なんでも屋”じゃないですけど、サポートする役割をやらせてもらいますというスタンスです」 小井土「実は少し心配していたところもあったので、ガンバでも可愛がられて、うまく使ってもらえているようで良かったです(笑)。課題に対して環境が整っていなくても、ソリューションを自分で考えられるタイプなので今後も大丈夫だと思います」 ――少し細かい話になりますが、ガンバ大阪で使っている分析ツールは筑波大学時代と同じものですか? 梨本「同じです。ポヤトス監督のリクエストで導入された『スポーツコード』(hudl社)を使用しています。Jリーグの中で最も使われているツールだと思います。大学時代に使用経験があったので、私が未経験のスタッフの方々に対してレクチャーする機会もあって、そういう点でも(ガンバ大阪のアナリストとして)良いスタートが切れたところもあります」 ――『スポーツコード』で取得できるデータは多岐に渡る中で、ポヤトス監督が志向する戦術に合わせて重視している分析ポイントを言える範囲で教えてもらえますか? 梨本「ポヤトス監督が重視しているのは、ポゼッションの局面において、どのエリアでボールを保持しているのかという点。ピッチを縦に4分割して考えて、映像やデータを活用しながらチームとして目指すボール保持の形は繰り返し伝え続けています」 ――選手のコメントを見聞きすると、ポヤトス監督の戦術は約束事が多く、細かい印象もあります。アナリストの立場としては“翻訳”することも求められるのでしょうか? 梨本「ポヤトス監督が話したこと以外を選手に伝えることはあまりしません。目指す戦術をふまえた上で、監督やコーチングスタッフに対して『このデータがハマるんじゃないですか?』という提案をすることはあります。ポヤトス監督は情報量を少なくコンパクトに選手に伝えたい意向を持っているので、そういう意味でもデータや映像は分かりやすいと思います」 小井土「とはいえ、選手からナッシーに『あれはどういうこと?』と質問されることはあるでしょ?」 梨本「はい。ただ、基本的なコンセプトは選手も理解しているので、調整が必要なのは『戦術は理解できるけど、現実的には実践が難しくない?』と選手が感じた時の擦り合わせですね。そういう話を選手から聞いた時はコーチングスタッフ間で共有して、次のミーティングの議題に取り入れるような形にしています」 小井土「ナッシーの立場で『データ的にはこうした方がいいです』とは選手には言えないよね。今の話の前提として、ポヤトス監督とナッシーの間でデータ解釈のズレはないの?データは解釈の仕方次第で意味が変わるから」 梨本「最初の頃はデータの定義についての認識を合わせる時間もありましたが、そこが共有できてからは(ポヤトス監督との)データの解釈にズレを感じたことはないです。逆にデータについて次に伝えようと考えていたことを、先に読み解いてくださることも多いです」 ――監督と選手を繋ぐ役割という視点では、小井土さんが長谷川健太監督体制下で分析担当のコーチとして働かれていた時に意識されていたこともあったかと思います。 小井土「あくまで選手に発信するのは監督ですが、選手の意見も聞きつつ、データもふまえながら両者にとっての最適解を監督に言わせるように仕向けるのもコーチの仕事だと考えていました。当時は自分も若く、選手らとの距離も近かったので『自分が裏でコントロールしているんだ』くらいの気持ち。こんなことを言うと健太さんに怒られちゃいますけど(笑)」 ――中立的な立ち位置で行動されていた。 小井土「ストレートに『選手が●●と言っているんで、明日の試合は●●でやりましょう』と監督に言っちゃうと『そんなの知らねぇよ!』となる。だから、健太さんの考えていることにデータや、欧州の映像などを活用しながら刺激して、みんなにとってベターな解を探るような感覚です。それくらいの気概を持たないと、コーチは監督に使われるだけになっちゃうし、選手の愚痴聞き役で終わってしまう。それがナッシー(アナリスト)に求められることなのかは分からないですけど、組織のバランスをとる上では必要な役割だと思います」