国民から大顰蹙買った韓国・尹錫悦大統領の戒厳令、暴走したら誰にも止められない「大統領制」の限界が露呈
日本の場合は、野党が小党分立しているので、一致団結して過半数となることはまずない。そこで、議院内閣制下で、最大政党自民党の石破首相が内閣を引き続き率いていくことができているのである。 しかし、韓国ではそうはいかず、尹錫悦は、戒厳令という禁じ手に出たのである。野党の背後には北朝鮮がいて、国会を混乱させて、韓国を崩壊させようとしているという危機感を尹錫悦が抱いたことは確かであり、それで戒厳令を布告したと考えられる。保守と左派の分断の激しさを物語る発想法である。野党による政権幹部や官僚に対する弾劾を、尹錫悦は「内乱を企てる明白な反国家的行為」と指弾し、「北朝鮮の主張に従う反国家勢力を一挙に撲滅する」と断罪した。 韓国の経済状況も芳しくなく、尹錫悦の支持率も20%前後と低下していたし、トランプ政権の誕生で先行き不透明感も増していた。 ■ 内乱罪に問われる尹大統領が「野党こそ反国家勢力」と非難 韓国の憲法では、76条と77条で緊急事態への対応が規定されており、大統領に戒厳宣布の権限を与えている。戒厳には非常戒厳と警備戒厳の二つがあるが、今回は前者が選択された。 しかし、国民や国会が猛反発し、国会で解除要求決議案が可決されたため、6時間後の4日午前4時半頃に非常戒厳は解除された。 野党は大統領弾劾訴追案を国会に提出したが、7日夜の国会本会議で、与党議員の大半が議場から退席したため、不成立となった。 しかし、政治の混乱は続いている。検察や警察は、内乱や職権濫用の容疑で、政権幹部に対する捜査を始めている。8日には、検察は、戒厳令布告を大統領に建議した金龍顕(キム・ヨンヒョン)前国防相を逮捕した。 また、警察も趙志告(チョ・ジホ)警察庁長官や金峰埴(キン・ボンシク)ソウル警察庁長官を内乱の容疑で拘束した。そして、警察は、尹錫悦の家宅捜査令状をとった。
これらの動きに対して、尹錫悦も反発し、12日午前には国民向けの談話を発表し、戒厳令布告を正当化し、「弾劾であれ捜査であれ、立ち向かう」と強調した。そして、国政を麻痺させる野党こそ反国家勢力だと非難し、「巨大野党が支配する国会が、自由民主主義の基盤ではなく、自由民主主義の憲政秩序を破壊する怪物になった」と述べた。さらに、「非常戒厳を宣言する権利の行使は司法捜査の対象にならない統治行為だ」とした。 ■ 弾劾案可決の可能性大 この最後の点の「憲法上定められた非常戒厳布告権が司法捜査の対象にならない統治行為」というのは、その通りであろう。しかし、憲法77条の第4項には「戒厳を宣布したときは、大統領は、遅滞なく国会に通告しなければならない」と定めてあり、さらに、第5項には「国会が在籍議員過半数の賛成に依り戒厳の解除を要求したときは、大統領は、これを解除しなければならない」とある。 ところが、軍隊を派遣して国会を閉鎖しようとしたことは、この国会承認規定を無力化する行為であり、それが憲法違反で、尹錫悦こそ内乱罪だという野党の主張に繋がっている。 弾劾訴追案が可決されても、最終的には憲法裁判所の審判を待たねばならない。審判では、180日以内に妥当性を判断し、裁判官9人のうち6人以上の賛成で大統領は罷免される。その場合には60日以内に大統領選が行われる。 野党は、弾劾訴追を可能にするために、与党議員の引きはがしを行っている。2016年12月に朴槿恵大統領を弾劾訴追した際に、野党は、与党の「国民の力」の前身のセヌリ党から約60人を造反させ、訴追案を可決させることに成功している。今回は8人(実際は9人? )が反旗を翻せば、弾劾訴追案は可決される。