馬上ラグビー<コクボル>とは? 草食動物である馬がよくこれだけ攻撃的に……
⾺がよくこれだけ攻撃的に
レフリーが笛を吹き、選⼿が突進してウラクを奪いあうところからゲームは始まった。客席に近いところにサークルがあるため、8頭の⾺が突進してくるのはかなり迫⼒がある。鞭叩きまくり、⼿綱引きまくり。 ところが、なかなかウラクが拾えないのである。⼿が届いた、と思っても、拾い上げる途中で落としたり、拾えそうな瞬間に⾺が動いてしまったり。 想像してみてほしい。⾺にまたがった状態で、利き⼿の側に思いきり体を傾け、地上に置かれた30キロ超の物体を⽚⼿で拾い上げることが、どれだけ困難か。空港で、重量過多で超過料⾦を課せられたスーツケースを、動く⾺の上から⽚⼿で拾い、それを抱えたまま⾺で逃げる、という状況に近い。 騎乗者の体重に30キロ超が加算されるため、⾺には相当な負荷がかかる。少しバランスを崩しただけで、⾺体が耐えきれず、⼈馬もろとも崩れ落ちてしまう。 擬似⼭⽺を奪取したら、⼿綱は⼝でくわえ、敵に⼭⽺を奪われないよう、⾃分の⾜と⾺体の間に挟んだり、⽚⼿で抱えたりして全速⼒で⾛る。もちろん、先には敵が待っていて、⾺もろとも全⼒でぶつかってくる。 ぶら下がった擬似⼭⽺の⾜を引っぱりあい、味⽅は助け、敵は妨害しながら、三つ巴でとにかく⾛る。敵に奪われたら、その瞬間から追いかける⽴場になる。ここで駿⾺を操る選⼿がいれば、敵をかわしながら全速⼒で⾛り、⼀気にカウンター攻撃だ。 これは相当に荒々しく、⾒ていて盛り上がる。 それにしても、本来おとなしい草食動物である⾺を、よくこれだけ攻撃的に戦わせられるものだ。広⼤な草原に暮らしていた彼らの祖先にとって、⾺は家畜であると同時に、乗り物でもあり、また戦⾞でもあった。コクボルごときでひるんでいたら、襲来した異⺠族とは戦えなかっただろう。⾺上で何かを争う局⾯になると、⾺も⼈も、戦闘開始のスイッチが⼊るのかもしれない。 動物愛護の観点からすれば、⾺にかなり苛酷なことを強いているのは確かだ。この競技が全世界に普及することは、まずないだろうことは予測がついた。 ⼤会3⽇⽬まで⾒たコクボル参加7か国の印象をまとめると、以下のようになる。 キルギスとカザフスタンが群を抜いて強く、次点がウズベキスタンという印象。ホスト国トルコは、1勝して⾯⽬を保った形だ。 ハンガリーは、コクボルをやるには人が⼤柄すぎる。そして意外なのはモンゴルが弱いことだった。もしかしたら、対モンゴルとなると、「負けるわけにはいかない」というスイッチが相手チームに発動するのかもしれない。特にウズベキスタンの場合、壮麗な都サマルカンドをモンゴルに焼き払われた記憶が闘志に火をつけるのかもしれない。 モンゴルは毎年、自国のあらゆる場所で、ノマド・ゲームズと同じようなナーダムを開催し、「モンゴルにおける、モンゴル人のための、モンゴルの競技」に熱狂することができる。完全アウェーのノマド・ゲームズにはあまり関心がないのかもしれない。モンゴルと中央アジア諸国の間に、この大会に対する温度差があるのは非常に興味深かった。 アフガニスタンは、「満足に戦える馬がいない」という理由で棄権した。 アフガニスタンの国技は、紙幣にも印刷されるほど国民から愛されるコクボルのアフガニスタン版「ブズカシ」である。コクボルの試合にはそれ相応の気合が入っていたはず。まして国が混乱するさなかに出国したのなら、なおさら思い入れは強かったに違いない。 万全の状態だったら、どんな戦いを⾒せ、どの位置に⾷いこんだだろうか。それを⾒ることができず、かえすがえすも残念だった。 文/星野博美
---------- 星野博美(ほしの ひろみ) 1966年、東京生まれ。『転がる香港に苔は生えない』で第32回大宅壮一ノンフィクション賞、『コンニャク屋漂流記』で第63回読売文学賞「随筆・紀行賞」・第2回いける本大賞、『世界は五反田から始まった』で第49回大佛次郎賞受賞。 主な著書に『島へ免許を取りに行く』『戸越銀座でつかまえて』『今日はヒョウ柄を着る日』『愚か者、中国をゆく』『みんな彗星を見ていた──私的キリシタン探訪記』『謝々! チャイニーズ』『銭湯の女神』『のりたまと煙突』『旅ごころはリュートに乗って──歌がみちびく中世巡礼』などがある。 ----------
星野博美
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