「俺はさ、バナナをいっきに食べたら簡単に死ぬらしいよ」…透析患者につきまとう「突然死」の恐怖
「私たちは必死に生きた。しかし、どう死ねばよいのか、それが分からなかった」 なぜ、透析患者は「安らかな死」を迎えることができないのか? どうして、がん患者以外は「緩和ケア」を受けることさえできないのか? 【写真】家族でさえ知らない、透析患者が抱える「最大の苦痛」 10年以上におよぶ血液透析、腎移植、再透析の末、透析を止める決断をした夫(林新氏)。その壮絶な最期を看取った著者が記す、息をのむ医療ノンフィクション、『透析を止めた日』(堀川惠子著)が刊行された。 『透析を止めた日』は、これから透析をする可能性のある人、すでに透析を受けている人、腎臓移植をした人、透析を終える時期が見えてきた人だけでなく、日本の医療全般にかかわる必読の書だ。 本記事では、〈家族でさえ知らない、透析患者が抱える「最大の苦痛」とは?「普通に歩いて通院できる」「見た目は健康な人と何一つ変わらない」が〉につづき、透析患者の突然死について見ていく。 ※本記事は堀川惠子『透析を止めた日』より抜粋・編集したものです。
カリウム、突然死の恐怖
「俺はさ、バナナをいっきに食べたら簡単に死ぬらしいよ」 林がそんな悪い冗談ともつかぬことを口にすることがあったが、まったくの冗談とも言えなかった。微妙な体内循環の調整を人工的に行わざるを得ない透析患者に「突然死」の恐怖がつきまとうのは事実だからだ。 透析のルーティンが「火・木・土」と決まっていて、毎回、同じ時間に同じベッドで透析をしていると、周りの患者さんたちと顔なじみになる。 ところが、ある日突然、いつものベッドから消える人がいる。指定席に、来るはずの人が来ない。透析をスキップすることはありえない。転院や転居なら事前に挨拶がある。こういう突然の不在は、だいたい「死」を意味した。だから誰も理由を聞かない。技士も看護師もふれようとしない。そのうち新しい患者がやってきてそのベッドを使い始め、何ごともなかったかのように日常が続く。私たちも渋谷のクリニックで、「○○さん、いなくなっちゃったね……」という会話を何度か交わした。 全身の血液を外に取り出し、再び体に戻す透析は、清潔な医療機器を使うとはいえ感染症のリスクが高い。また老廃物を取り除く際、免疫機能を保つグロブリンなどのタンパク質も一緒に除去してしまうので、免疫力も低下しがちだ。ちょっとした風邪から肺炎になったり、発熱したりして大事をとって入院したらそのまま亡くなった、という話もよく耳にした。 冒頭のバナナの話もそう。この時代の透析クリニックでは、週に1度、必ず血液検査を行っていた(現在は診療報酬が包括払いとなり、検査の頻度を減らしている施設が多い)。平素からとくに気を付けておかねばならない数値のひとつが、K(カリウム)だ。透析患者にとってバナナとは、カリウムを象徴する食べ物である。 カリウムは、人間の生存に欠かせぬミネラルだ。筋肉の収縮や神経の働きを適切に保ち、果物や野菜に多く含まれる。透析患者は尿が出ないので、必要以上のカリウムが体内に溜まる。それを透析でろ過するのだが、一度に引くことのできる量には限度がある。高カリウム血症になると、心筋の収縮に影響して心臓が止まることがあり、カリウム過多は透析患者の突然死の理由によく挙がる(逆に低カリウムでも問題が起きる)。 カリウムの基準値は3.5~5.0mmol/L、これが5台後半になると要注意、6台に突入すると危険水域。私と暮らす以前の林の血液検査を見ると、だいたい6台の前半をうろついている。アーガメイトゼリーというカリウム吸着剤が処方され、毎食後いつも不味そうに眉をしかめてスプーンですくって食べていたが、それでも高数値だった。 突然死など、まっぴらだ。私が林の透析にかかわるようになって最初に取り組んだのが、このカリウム対策だった。 ほうれん草、里芋、じゃがいも、タケノコなどカリウムを多く含む野菜は、必ず茹でこぼし、少しでも多くカリウムを排出させる。その際、細かく刻んで断面を多くすると、より多くのカリウムを排出させることができる。これは、じゃがいもなどの根菜類に有効に使える方法だが、歯ごたえを残すため、形が崩れる前に湯からあげねばならない(うっかり茹ですぎて流動食にしてしまったことが何度もあった)。 生野菜のサラダは食物繊維を多く摂取できるが、生ゆえに茹でこぼせないから透析患者には要注意だ。カリウムは水に溶けやすい性質があるので、キャベツの千切りや薄めにスライスしたきゅうりや玉ネギなど、生で野菜を食べたいときは断面積を増やした状態で必ず長めに水にさらす。ボウルに溜めた水よりも、流水のほうが効果が高い。 林の好物だった果物も隔日にし、必ず二人で半分こにする。試行錯誤するうち、一日3食だけでバランスを取ることは不可能だと分かってきた。そこで1週間単位で栄養を考えた。ゆるく捉えれば、短い期間に同じ食材を大量に食べないことが大事になる。 食材選びと調理に注意を払うようになると、血液検査のカリウム値は劇的に改善した。平均6台だったのが、4台前半にまで下がった。ベースを下げておけば、少々、カリウムを多く含む食品を口にしても、すぐに問題が起きる事態にはなりにくい。 クリニックでは透析を導入する前も後も、詳しい栄養指導はなかったという。 「透析の医師っていうのは、なんで事前にちゃんと情報を伝えないんだろうな。透析をする前に、カリウムのことなんかまったく説明がなかったし、透析が始まって血液検査の数値を見ても、『林さん、ちょっとご馳走食べすぎですね』くらいのことしか言わないんだよ。まあ、もらったパンフレットには詳しく書いてあったけどな」 林のケースのみならず、透析医が患者の生活の問題に介入を控えがちなのは、患者の間ではよく耳にする話だ。長期の透析で想定される合併症についても、林は一度も聞いたことがなかったという(患者にストレスを与えすぎないという配慮があるのかもしれないが)。患者にとって透析は生活の中心にある。医療者にとってはクリニックに来たときだけの患者さん。やはり自分の身体は自分で守るしかないと思う。 実際にカリウム対策を行ってみて、口から入る危険はかなり減らせることを実感した。「将来、透析になるかもしれない」と言われた人には、声を大にして伝えたい。食べ物に気を付ければ、透析を導入する時間を先延ばしすることができる。難病や先天性の病などでなければ、永遠に透析を回避できるケースもあると聞く。食生活の乱れた状態をそのままに透析だけを先送りしていると、その間に血管や臓器が傷み、予後はぐっと悪くなる。 さて、ここまで私がいかにも料理に腕をふるったように読めたかもしれないが、実際の風景はかなり異なる。私自身、林と暮らすまで3食すべて外食という荒れた食生活で、まともに自炊したのは大学時代まで。広島から東京に持ってきた調味料の中には、賞味期限が「昭和」のものもあったほどだ。 私が台所に立つようになって半年くらいたったころ、夕食の後で彼が小さな声で遠慮がちに述べたことは正直に書いておかねばならないだろう。 「惠子が食事に気を付けてくれるようになって、体調もよくなった。でもね……、料理っていうのは見た目も大事っていうか……、彩りとか、つまり食べたいって気持ちにさせることも大事で。それに、美味しいっていうことも、あんがい大切かも……」 最後あたりは消え入るような声で、よく聞こえなかった。 栄養計算はバッチリだったはずだが、まずかったみたいだ。見た目も不気味だったのか。それを半年も耐えてくれた、いや耐えかねての発言だった。それから私は実家の母に料理の写真を撮影して送り、意見を聞いた。最初の写真を見たとき、母が怪訝そうに、 「惠子、味噌汁に浮いている、この緑の物体はなに?」 と聞いてきた。刻んだはずのネギがくっついてダラ~と連なったまま、不気味に汁に浮いていた。指を切るのが怖くて、なるべく切れない果物ナイフを選んで使っていたので包丁選びからやり直さねばならない、そういうレベルだった。 まぁ、湯がいたトマトやカボチャを少量添えるだけで皿の上は明るくなるし、器を工夫するのも意外に楽しい。そのうち夕食に友人を呼べるくらいには進歩した(と思う)。
【関連記事】
- 【つづきを読む】「お前、透析になるんだってな。これで終わりだな」…医師からいきなり難病と診断されたテレビディレクターの「過酷な運命」
- 【もっと読む】「早朝に通院、4時間の透析を終えてから出社」「飲みたいのに、水も飲めない」…多くの人が知らない「働く透析患者」の過酷な生活
- 【もっと読む】家族でさえ知らない、透析患者が抱える「最大の苦痛」とは?「普通に歩いて通院できる」「見た目は健康な人と何一つ変わらない」が
- 透析を止めると、その先に「まともな出口」はない…約35万人が透析を受ける「透析大国日本」の「知られざる現実」
- 「デイケアの送迎バス」に「自分より高齢の人」がいると知った「中国人の89歳女性」がとった「意外な態度」