TAIKINGとYONCEが語る「足跡」をテーマにしたコラボ曲、Suchmos休止以降の3年半
誰かにとっての一番大事な時期の一部分を担えてたっていうのは、本当に喜ばしいこと
―Suchmosが動いてるときは自分たちのことで手一杯だったと思うから、自分たちがどう見られてるかとかは全然わからなかったし、気にもしなかったと思うけど、個人で活動するようになって、下の世代とも会うことがあったりして、「Suchmosってこう見られてたんだ」って、客観的に見れるようになった部分もあるかなと思いますが、どうですか? YONCE:どうかな……俺はコロナ禍はほぼ現場にいなくて、ライブもしてないし、自分の自前の活動も全くなかったから、家の半径数百メートル以内の往復だけの生活を2年ぐらいしてたので、その期間は超気楽だったんですよ。そこからHedigan’sが表だって動き出して、今年はすごい数フェスに出させてもらったり、ARABAKIのチバさんの追悼のステージにルースターズの池畑さんに呼ばれて出たんですけど、そのときとかに若いバンドマンに話しかけられて、「高校生のとき聴いてました」とかそういうのが現れたから……ちょっとむかつきましたね(笑)。 ―むかついたんだ(笑)。 YONCE:「聴いてましたって、なんだよ。今聴いてねえってことか?」みたいな(笑)。別に自分が老いたとは全然思わないけど、もうこういうふうに、言ったら懐古の対象になり始めてるんだなっていうのは、俺は普通に嬉しいことで、それはやっぱり音楽が愛される理由だから。自分が青春時代に聴いてた音楽って今でも最高だし、誰かにとっての一番大事な時期の一部分を担えてたっていうのは、本当に喜ばしいことで。 TAIKING:俺なとりくんって若いアーティストをサポートしているんだけど、なとりくんSuchmos好きでいてくれてライブのリハのときに、「タイキさん、『Armstrong』の頭弾いてください」とか言って、サウンドチェックをその曲でやるタイミングがあって(笑)、面白いんだよね。 YONCE:かわいいね。甘えてくるんだ。 TAIKING:「ライブ行ってました」みたいな子と今一緒に演奏したりしてるって、不思議だよね。もちろんありがたいし。 YONCE:さっきmaya ongakuの名前を出しましたけど、俺とかケントとかタイキがすごく仲良くしてる地元の古着屋にスタジオスペースみたいのがあって、そこに俺らいっぱい楽器とか機材を寄付して、「みんな好きに使って」みたいな感じにしてあるんですよ。それは当時同世代のやつらに向けたつもりだったけど、当時まだ大学1年2年ぐらいのmaya ongakuの連中がそこのお店にしょっちゅう遊びに来て、「これがエレキギターか、これがシンセサイザーか」みたいな感じで、彼らは俺らの楽器で音楽の入口のドアを叩いてて。でも俺らのことをずっと身近で見てきてたから、「Suchmos大好きだけど、同じことやったら勝てない」っていうので、今のmaya ongakuの音楽性になっていて。 ―音楽の継承のされ方としてそれがベストですよね。真似して同じことをするんじゃなくて、刺激だけを受けて、自分なりのやり方を探すっていう。 YONCE:俺はそれがすごく誇らしくて。後輩が俺らとはまた全然違う用法用量で音楽家をやっていて、しかもちゃんと頭角を現してる。ファンじゃないというか、弟みたいな感覚で見てるから、すごい面白い関係だなと思うし、こういうことがどんどん繋がったらいいなって。 TAIKING:下が出てきた方が面白いかもって、最近ちょっと思うようになった。前までは、下が出てくるの嫌だなと思ってたの。ずっと新人でいたいと思ってた。その方が楽だから。そう思ってたんだけど、そしたら下の世代の子たちが現れて、ちょっとずつ歴史ができてきて、来年はSuchmosが10周年とかだったりするわけでしょ? とか思うとさ、下が出てくる面白さってあるなと思って、最近肯定的になってきた。先輩風を吹かせたいわけじゃなくてね(笑)。 YONCE:3年前にフジロックで忌野清志郎さんのトリビュートのステージに出て、そのときチバさんとお酒飲みながら、「YONCEくんいくつになったの?」って言われて、「今度31歳っすよ」って言ったら、「もう中堅だな」みたいに言われて。「おお、そっか。若手の初心者マークもう取れちゃったんだな」みたいな、どうやらそうらしいよ。 TAIKING:最初はそれに迷いもあったけど、最近は中堅に片足突っ込むのも悪くないなと思う。 YONCE:そうだね。嬉しいことが増えるよね。 <リリース情報> TAIKING 配信シングル「Footprint (feat. YONCE)」 配信中 TAIKING SNS Twitter Instagram YONCE SNS Instagram
Atsutake Kaneko