ドルの信認を長期的に損なう?トランプ再選で浮上する「ドル離れ制裁」とは何か
■ トランプ大統領にみられる通貨政策の矛盾 トランプ新大統領らは、一種の強制力の行使を通じて新興国におけるドル離れを防ぐ一方で、伝統的な孤立外交路線を重視し、米軍の在外活動には否定的である。ただ、その主張には矛盾がある。米軍が海外に展開し、国際秩序の安定に貢献しているからこそ、各国は米国債や米ドルを購入しているという側面があるからだ。 覇権国でなければ基軸通貨を発行することはできない。覇権国は世界経済体制の頂点に立つとともに、その秩序を維持する必要がある。そうした力を覇権国が行使するからこそ、各国は米ドルを基軸通貨として信用する。国際秩序の安定への貢献という義務を履行せずに米国が米国債や米ドルを信用し続けろと要求したところで、各国はそれを受け入れないだろう。 それに米ドルそのものが、世界の経済・金融の秩序を安定させる国際公共財としての性格を持っている。確かに資金洗浄に代表される組織犯罪など、世界の経済・金融秩序に混乱をもたらす存在は、米ドルを用いた世界経済体制から排除されるべきだろう。また、そうした存在が生まれないように、米ドルの運用ルールが厳格化されることも当然の措置だ。 とはいえ、その米国が恣意的に米ドルの運用ルールを変更するようでは、米国は各国の信頼を失う。本来、経済取引を決済する際にどの通貨を使うか、その権利は各国の政策自主権の範囲であり、企業や銀行といった民間の経済主体の裁量に委ねられるべきものだ。しかし、トランプ新大統領たちは、ドル離れを図る国に対して制裁を科そうと考える。
■ 過剰な制裁が米ドルの信用力を低下させるリスク 変節が多いトランプ新大統領のことであるので、こうしたドル離れ制裁をどれだけ推し進めようとするか、実際のところは定かではない。移民対策の厳格化や脱炭素化政策の見直しなどが進む可能性のほうが高いかもしれないが、逆に思わぬかたちでドル離れ制裁に向けた動きが加速するかもしれない。こればかりは、正直なところ分からない。 しかし、米国によるドル離れ制裁は、基軸通貨としての米ドルの信用力をかえって低下させる可能性をはらんでいる。米ドルに代わる国際通貨が存在しない以上、米ドルは引き続き利用されるが、同時に米ドルを利用し続けるリスクを新興国側に強く意識させかねないためである。この点、トランプ新大統領らの認識は甘いと言わざるを得ない。 そもそもトランプ新大統領が財政拡張を志向していることも気がかりである。財政拡張は、中長期的に米ドルの信用力を低下させる可能性を有している。そうした中で、トランプ新大統領がドル離れ制裁に向けた動きを加速させ、実際に発動させるようなことになれば、米ドルの基軸通貨としての信用力は思わぬかたちで低下するかもしれない。 ※寄稿は個人的見解であり、所属組織とは無関係です。また、土田氏の新著『基軸通貨』では、こうした米国における「ドル離れ」制裁の特徴や問題点に関して深く議論していますので、興味がある方はぜひどうぞ。 【土田陽介(つちだ・ようすけ)】 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(株)調査部副主任研究員。欧州やその周辺の諸国の政治・経済・金融分析を専門とする。2005年一橋大経卒、06年同大学経済学研究科修了の後、(株)浜銀総合研究所を経て現在に至る。著書に『ドル化とは何か』(ちくま新書)、『基軸通貨: ドルと円のゆくえを問いなおす』(筑摩選書)がある。
土田 陽介