「アイルトン・セナほど人間的な魅力にあふれるドライバーはいない」F1カメラマン・熱田護の心残りは「独占写真のフィルムを盗まれ...」
【カメラマン人生最大の心残り】 僕はセナのキャリアの最初から最後までを撮れたわけではありません。わずか3年半くらいしか追いかけることができませんでしたが、モータースポーツのプロカメラマンとしてセナを撮影できた期間は自分の大切な大切な宝物です。 セナの写真に関して、自分のカメラマン人生で最大の心残りがあります。1993年のイギリスGPの決勝前に思いがけない場面に遭遇し、その瞬間を記録することができました。 当時は日曜の午前中にウォームアップ走行が設けられており、そのセッション前に僕はピットロードをプラプラと歩いていました。するとマクラーレンのセナのガレージのなかに小さな男の子と女の子がいたんです。 おそらくセナの親族だと思いますが、子どもがふたりできゃっきゃとはしゃいでいるので、何をしているんだろうなあと見ていました。するとレーシングスーツ姿のセナがやって来て、子どもたちと笑顔で話し始めました。いい雰囲気だなと思ってガレージのなかに入り、シャッターを切りました。 そしたらセナ自ら、いい写真を撮れるようにいろいろとセッティングしてくれたのです。クルマがきちんと映る場所に移動し、自分のヘルメットを女の子にかぶせて、3人のカメラ目線のカットも撮ることができました。 ガレージのなかにカメラマンは僕しかいなかったので独占写真です。ファミリーと接する素顔のセナや、子どもを前にした優しい表情を僕だけが撮れたのです。 ところが撮影したフィルムを当時契約していた出版社の編集者が盗まれてしまい、その作品を世の中に発表できなかった。僕のカメラマン人生で一番残念な出来事です。30年以上も前のことですが、今でも心残りです。
【人間的な魅力にあふれる無二のドライバー】 ドライバーの能力だけで言えば、セナはフェルスタッペンに負けているかもしれません。体力的にも当時のライバルだったプロストやマンセルに比べて劣っていたと思います。 でもヘロヘロになってマシンから出られないという姿も絵になりました。時代もあったと思いますが、悲壮感の漂う表情で、ひたむきにマシンを走らせている姿が魅力的に映りました。 2024年はセナがこの世を去ってから30年の節目を迎えるので、メモリアル写真集『Ayrton』を発売することになりました。そのために当時のポジフィルムを見直しましたが、あらためてカッコいいなと思いました。 セナが亡くなったあと、カメラマンとして心から夢中になれるドライバーは出てきていません。 ルックスだけで言えば、キミ・ライコネンやシャルル・ルクレールなど、セナよりもカッコいいドライバーはいます。でも、セナのような速さとひたむきさ、勝利にこだわる執念などを兼ね備え、人間的な魅力にあふれるドライバーはいません。 セナは唯一無二の存在でした。 後編<アイルトン・セナを愛したF1カメラマン・熱田護のベストショット6選「どんどん彼の魅力にひかれていった」>を読む 堂本光一インタビュー<「アイルトン・セナは僕のアイドル」伝説のレースに大興奮した少年時代を語る>を読む F1フォトグラファー・桜井淳雄インタビュー前編<アイルトン・セナの最期は「覇気がないというか、苦悩に満ちていた」日本人F1カメラマンが目撃した表情の変化> F1フォトグラファー・桜井淳雄インタビュー後編<アイルトン・セナとホンダの深い絆、マンセルとの涙の抱擁......F1フォトグラファーがとらえた名場面> 【プロフィール】熱田 護 あつた・まもる 1963年、三重県鈴鹿市生まれ。2輪の世界GPを転戦したのち、1991年よりフリーカメラマンとしてF1の撮影を開始。取材500戦を超える日本を代表するF1カメラマンのひとり。5月31日にアイルトン・セナのメモリアル写真集『Ayrton』(インプレス/36,000円)を発売予定。専用ケース入りの大型写真集で999部の限定販売。
川原田 剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi