「諦め」から「行動」に 若者の低投票率、憂える元教員の試みとは
「税金はどう集め、どう使うべき?」 「教員の待遇改善策は?」 若者が抱いた疑問を手紙にしたためて政党に送り、返事を見比べて議論を深める。元中学校教員で文教大の非常勤講師、佐々木孝夫さん(64)=埼玉県川越市=が続けてきた主権者教育の授業スタイルだ。 【図解で見る第50回衆院選】 政党から返事がくれば、政治に関心を持ってもらえる。若者の投票率向上につながれば、という狙いがある。 衆院選投開票日を間近に控えた10月下旬、佐々木さんは学生たちの質問をまとめた手紙に改めて目を通した。送り先は解散前に衆院で会派を結成していた八つの政党・会派だ。 質問は九つあり、テーマは財政や少子高齢化、外交や社会の持続可能性など幅広い。学生がその疑問を抱くに至った理由も書き込まれ、背景となった学生の実体験も目立つ。 「大学生でバイトを始め、扶養の関係から103万円の壁にぶつかりました」 「奨学金を社会に出てから返さなければならず、大きな経済負担となっています」 既に七つの政党・会派から返事が届いた。残る一つからは「人手が足りずお返事できない」との連絡があった。 返事の内容は一覧できるようにし、学生に配布した。後日、読んで感じたことなどをリポートにまとめてもらうという。佐々木さんは「返事の内容に対して良しあしを言うことはない」と強調する。 元々は中学校で教壇に立っていた。手紙という手法を授業に取り入れたのは、埼玉県上尾市内の中学校で社会科を担当していた1990年代にさかのぼる。政治や社会問題を少しでも身近に考えてもらい、教科書に書かれたこと以上に学びを深めてもらおうという狙いだった。 手紙を出したのは政府や民間企業、地方自治体、国際機関など。チョコレート製造を巡る児童労働を扱った授業では菓子メーカーに加えてガーナ大使館にも手紙を出した。大使館からじきじきに説明したいという連絡があり、大使の学校訪問が実現した。 「若者からの手紙だからか、みんな丁寧に返事をくれる」。衆院選に合わせ、政党に初めて手紙を出したのは2021年だ。 流行していた新型コロナウイルスへの対策を尋ねる質問には、生徒が「友達と早くカラオケに行きたい」「部活動の大会や行事を増やしてほしい」「入試にも影響するかもしれない」と切実な思いを添えた。 時の与党の担当者からは「大変良い試みですね」と評価された。生徒が手紙について家族と会話したことをきっかけに、「初めて投票した」という保護者もいたという。 40年近く務めた中学教員を定年退職後、3年の再任用期間を経てこの春から大学講師に転じた。今の教え子は教員養成課程にいる学生だ。 手紙を送る前の授業では学生から「これまでに投票には1回しか行けていない」「誰に入れても変わらない、と思ってしまう」という声が上がっていたという。若者の低投票率が指摘される現状を痛感している。 だからこそ、手紙を出す授業の意義もあると考える。「単純に手紙が返ってきたらうれしく、政党が少し身近になるはず」と話し、こう続けた。 「手紙を出すという自分たちのアクションに対して、政党から何かしらの反応があることがわかれば『何も変えられないかも』という諦めを薄められる。行動しなければ、何も変わらないのです」 11月には初の著書「中学生の声を聴いて主権者を育てる」(高文研)が出版される。これまでの主権者教育の取り組みをまとめたものだ。【斎藤文太郎】