1916年に再建されたものの、大阪大空襲で焼失した「重建懐徳堂」＝一般財団法人　懐徳堂記念会提供

　江戸時代に創設され、大阪大学の源流の一つとして知られる学問所「懐徳堂」が、今年で誕生から300年を迎える。学問所で育まれた商道徳に関する精神は、大阪の企業で脈々と受け継がれてきた。今秋には、日本文学研究者のロバート・キャンベルさんらを招いたシンポジウムなど、懐徳堂が紡いできた文化を紹介する記念事業も開催される。 【表】懐徳堂のあゆみ

　懐徳堂は江戸中期の1724年、大阪の豪商によって創設された。初代学主・三宅石庵は、中国の古典「孟子」に関する講義で、「仁義を実践する者は、自ら利益を追求するわけではないが、自然と利がついてまわる」と説いたという。 　それまでの伝統的な儒教の教えでは、利益と正義は対立すると考えられてきたが、商業活動による利益そのものは非難されるものではないとした上で、利益だけを追い求めると弊害が生じると訴えた。 　大阪にゆかりを持つ企業にとって、こうした商道徳に関する考え方はビジネスの礎となってきた。懐徳堂を研究する大阪大の湯浅邦弘・名誉教授は「懐徳堂の精神は現代の企業倫理にも通じる。短期的な利益追求は、企業の不正の発端にもなり得る」と指摘する。 　懐徳堂は1869年に幕末の混乱で閉校。その後、大阪の財界人らが発起人となって、1916年に大阪市内に新たな学舎が「重建懐徳堂」として再建された。市民らに親しまれたが、45年の大阪大空襲で焼失した。 　焼け残った書庫などで戦災を免れた約3万6000点の資料は、大阪大に寄贈された。現在、懐徳堂に関する事業は、大阪大とともに、三井住友銀行や日本生命保険、ダイキン工業といった企業が運営に関わる一般財団法人「懐徳堂記念会」が協力して行っている。 　現在では、市民向けに和漢の古典を読む講座のほか、テーマを決めて学ぶ春秋記念講座も人気だ。古典講座を受講している兵庫県宝塚市の藤井孝さん（68）は、「独学で読むには難しい古典を勉強できたことは、心の糧として体の一部になっている」と話す。 　今秋には、懐徳堂の歴史や学問の系譜などを示す資料を紹介する展覧会のほか、シンポジウムなどの記念事業が開催される。記念会の理事長を務める三井住友銀行の角元敬治副会長は「最適な経営判断を下すには、歴史や哲学、幅広い教養といった人文科学が重要性を増している。経済界として今後も懐徳堂の活動を支援したい」としている。