センバツ逃した済美 右ひじ痛だったエース安楽投手の現在
上甲監督が振り返る。 「最後に下半身強化が出来なかった。結果、踏ん張りが効かなくて、どうしても上半身に頼った。あれでは、肘にも負担がかかってしまう」 ■球速は出ていたが球に”伸び”がなかった 敗れた花巻東戦。安楽自身は心の中で、何度も首を傾げた。 「ボールが抜けていたので、何かおかしいなと。球速はそこそこは出てましたけど、伸びがあんまりなかった。(真っすぐを)狙われたら、打たれるなという感じだった」 あの試合では序盤、相手の狙いを交わすため、スローカーブ主体の投球を試みた。ところが、そのスローカーブでカウントを取れない。仕方がなく真っすぐでストライクを取りにいったところを捕まった。本来の調子なら、それでも力ずくで相手を抑え込めたかもしれないが、球に力が乗らない。思い当たる節はあるのか? と聞けば安楽も、大会前に体調を崩した影響を否定しなかった。 「2日ぐらい寝込んだんですけど、しばらく走り込みも出来なかった。あれが大きかった」 体力が回復したあとに出場した野球の18U(18歳以下)ワールドカップ(台湾)では好投。強豪のベネズエラ、キューバ戦では、2試合で16三振を奪うなどしている。 ■愛媛大会1回戦 右肘痛で降板 よって、この時点では夏の甲子園の不振は一過性のもので、やはり“ものが違う”と思わせたのだが、試合途中で右肘に痛みを訴えて降板したのは、秋季愛媛県大会1回戦でのこと。わずかな間に状況が一変した。 故障の原因はどこにあったのか。春の投球過多を指摘する人も中にはいるだろう。選抜大会で772球投げたことで、肘が悲鳴を上げたに違いない、と。その可能性も否定はできないが、上半身に頼る投げ方をしていた夏の甲子園、滑るボールを投げることを強いられたワールドカップ。その疲れが取れぬまま迎えた秋季大会。故障までの過程を振り返れば、どれもが、引き金になり得る。