芥川賞受賞『バリ山行』、「タイトルどう読めばいいのかわからない」問題を、担当編集に直撃した
パリ五輪に引っ張られて……
――『バリ山行』について、「読み方がわからない」という声は届いたりしましたか? 須田「はい、SNSでは『なんて読むんだろう』という声をけっこう見かけますね。 タイトルを間違えて書いている方もいらっしゃいました。SNSを見ると、おもしろい間違いも多くて。ちょうどパリ五輪をやっていた時期に本が刊行されたからか、『パリ山行』と間違えている方もいたり。著者の松永さんもネタにしているくらいです。 あとは、著者の名前が混じってしまったのか、『バリ三蔵』なんていうのもありました(笑)。著者のペンネームもちょっと変わっているので、混乱を生んでいるのかもしれません」 ――「読み方がわからないんじゃないか」という懸念はありましたか? 中野「ちょっとありましたね。この作品は最初、「群像」2024年3月号に掲載されたのですが、校了の直前に編集部で「読めないかもね……」という話になって、目次にだけルビをふりました」 ――タイトルはどんなふうに決まったんですか? 須田「2021年6月に松永さんから第一稿をお送りいただいたんですが、そのときからタイトルは『バリ山行』でした。ワードの原稿の冒頭に『バリ山行』とあったんです。 私も最初は読み方がわからなくて、松永さんに「なんて読むんですか?」と聞いた記憶があります。山行という言葉は、登山をする人たちの中では割と一般的な言葉らしく、興味深かったですね」 ――最初からタイトルが変わっていないんですね。 須田「そうですね。ただ、タイトルこそ変わっていないものの、内容は最初のものから大きく変わっています。 完成版の『バリ山行』では、会社員としての悩みや会社の経営危機がかなり前面に出ていますが、その前には、家族を中心に据えたバージョンの原稿などもありました。主人公の波多はいまの会社に転職してきているのですが、そうした設定も、松永さんと打ち合わせで話し合う中で出てきたものです。大きく4~5回は改稿していただいています」 ――内容がそれだけ変わっているのに、最初からタイトルが変わっていないのはすごいですね。 須田「そうですね、珍しいかもしれません。内容は大きく変わっても、バリエーション山行というモチーフが揺らがずに残ったのは、作品が持つ力だったように思います」 ――なるほど。「バリ山行」というモチーフが、それだけの強度がある題材というか、現代の社会とがっぷり組み合うような題材だったということなのかなと感じました。そう考えると、少し読みづらいかもしれないという懸念があっても、タイトルは『バリ山行』であることに必然性を感じます。奥深い……。 * さらに【つづき】「編集者は「芥川賞作家」をどうやって発掘するのか? その「意外なプロセス」がめちゃおもしろかった…!」(10月1日公開)では、この作品がどのようにかたちづくられてきたのか、そのプロセスを追います。
群像編集部(雑誌編集部)