獣医師志すが大学卒業に7年、転機は大学院ではまった「刑事ドラマのような」病理学…病気の原因探る
熊本市の竜之介動物病院・院長の徳田竜之介さん(63)は2016年の熊本地震発生直後、ペットと飼い主を一緒に受け入れる避難所を院内に開設した。預かったいくつもの小さな命を救ってきた獣医師の信念は「動物の治療を通じて、飼い主の心もケアすること」。この思いを胸に今も第一線に立ち続ける。 【写真】病院をペット同伴避難所として開放した徳田さん。「動物と飼い主に寄り添い続けていく」(1日、熊本市中央区で)=中島一尊撮影
1961年、鹿児島市で生まれた。母が動物好きで、家にはチワワやプードルなど小型犬が10匹以上いた。父の昭二さんは外科医。看護師らに慕われる一方で、病院内を一緒に歩くと、皆が道を空けた。威厳を保ち、命を救う父の姿に憧れた。動物に囲まれた生活から、「助ける命に人か動物かは関係ない」と、小学生の頃に獣医師になると決めていた。
小学2年の時、父の仕事の都合で熊本市に引っ越した。持ち前の明るさで、クラスの輪の中心にいることが多かった。市内で畳店を経営する同級生の本田章浩さん(62)は「面白くてリーダー的な存在だった」と振り返る。動物も好きで、学校帰りに捨て犬を見つけると、自宅に連れ帰って育てた。
勉強は得意な方ではなかったが、小学校時代から家庭教師が付いた。そのおかげもあり、伝統のある麻布大獣医学部に進学することができた。ただ、自分で勉強する習慣がなかったため、成績は下がり、単位を落とし続けた。引っ越しや配送、ウェーター……。勉学よりもアルバイトに精を出した。車を買い、ドライブにはまった。留年を重ね、大学卒業までに7年かかった。
転機は、卒業後に進んだ大学院。野村靖夫教授の研究室に入り、病理学を学び直した。大学4年時に野村教授が担当する科目の単位を落としたが、それがきっかけで、「エリート」とされる研究室に入ることができた。「アルバイトをやめなさい」「乗っている車を売りなさい」。教授から厳しく諭され、「ここで獣医師になれなかったら駄目だ」と改心した。
初めて勉強が楽しいと思えた。顕微鏡をのぞき、肝臓の脂肪の付き方などで、食事の良しあしを想像し、病気の原因を探った。「推理をする刑事ドラマのような」病理学の世界にはまった。研究室に泊まり込み、寝る間を惜しんで研究に没頭した。「獣医師に必要な知識は、大学院の2年間で身につけた」
大学院を修了し、獣医師資格試験に合格。千葉と東京の動物病院で5年間、経験を積んだ。いずれ独立することは決めていた。「首都圏よりも物価や賃料が安く、慣れ親しんだところがいいな」。熊本に戻ることにした。