上流階級の女性を誘惑し「ナチスに復讐」する男だが…画面からあふれる、後戻りできない“やるせなさ”<かつての発禁小説を映画化>
まず自伝的小説が原作だということが信じられなかったとともに、作品全体に流れる緊迫感が凄まじいと思いました。鑑賞後、改めて感想を述べようとしている今も、その余韻から抜け出せないでいます。 【写真】この記事の写真を見る(5枚)
ナチス高官の妻や恋人をフランス人と偽って誘惑
舞台はナチス統治下のドイツ。最愛の人をナチスに殺された主人公・フィリップがナチス高官の妻や恋人をフランス人と偽って誘惑し、復讐を果たそうとする物語です。フィリップは開巻とは違う人間かのように色気を纏い女性たちを次々と虜にしていきます。 ところが、リザというドイツ人女性と知り合うことで、映画の視点が豊かに膨らんでいくのです。 フィリップは復讐のために自身の過去を棄てた人物で、偽りの人生を生きていくことを決めています。けれど人間性までは変えられません。やがてリザを愛したことで、ドイツの女性もまた同じ人間だと気づきます。フィリップが誘惑した女性は、戦場に愛する者を奪われた悲しみを抱えていることに。 復讐や戦争は一度始めてしまうと後戻りができません。そのやりきれなさが画面からあふれています。これは心に突き刺さるような映画だと思いました。
復讐のために肉体改造したような裸身
フィリップを演じるエリック・クルム・ジュニアの役作りにも脱帽しました。 復讐のために肉体改造したような裸身、視線の演技などは同じ俳優の私の眼から見ても鬼気迫るものがありました。そしてフィリップの協力者やナチスの軍人までみな説得力のある表情をしていて驚きました。 女性たちも、武器ではなく自分の言葉を持ち気高く生きる姿や、孤独でありながらも自由に生きようとする姿が鮮やかに表現されていて、戦時下においての女性に学ぶものが沢山ありました。
エキストラの動きや視覚的演出の巧みさ
こうしたキャスティングもさることながら、凄いのがエキストラの方々の動きですね。街中で銃声が響き、ナチスが追跡する時のリアクションが見事だと思いました。 モブシーン(群衆場面)は何度もリハーサルをしないと、お互いの視線を合わせるなどの動作の呼吸が合わないものです。それがドキュメンタリーの映像のように人々の動きがリアルでした。ミハウ・クフィェチンスキ監督の演出の巧みさに感動しました。 メインキャストやエキストラの演技以外に、視覚的な演出も力強かったですね。撮影監督ミハウ・ソボチンスキの閉所恐怖症を引き起こすようなフレームの作り方は、まるで主人公の心象風景と一致しているようです。 裏道から大通りへの移動撮影、建物の上階から下へ降りるクレーン撮影など立体的なキャメラワークを行っているのですが、それらが全て弾圧される側への圧迫感を表現する効果があり素晴らしい映像でした。