コーヒーで旅する日本/関西編|アメリカから丹波へ移住して得た新天地。のどかな里山で地域の縁をつなぐ「3 Roastery」
全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。 【写真を見る】エスプレッソマシンは、ユーズドを自ら輸入し、背面をスケルトンにカスタム 関西編の第88回は、兵庫県丹波市の「3 Roastery」。5年前、里山の自然が広がる静かな町にコーヒーショップを開いたのは、アメリカから日本に移り、この地に縁を得た店主のマイクさん。古民家を改装し、家具の制作や機器の準備まで、ほとんどをセルフビルドで作り上げた店は、今では丹波地域の新たな拠り所として定着しつつある。来日以前から、スペシャルティコーヒーの醍醐味を探求してきたマイクさんが、遠く海外からこの地にいたった足跡をたどる。 Profile|マイク・トイ 1980(昭和55)年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。大学卒業後、ピーツ・コーヒー&ティーに入社。サンフランシスコ空港店でマネージャーとして勤務する傍ら、自宅ではコーヒーの焙煎を始め、趣味でコーヒーの楽しみを探求。その後、IT関連企業に転身し、日本人女性と結婚。2011年、東日本大震災発生の際に奥様がボランティア業務担当に選ばれたことで、東京に移住。約2年のリモート勤務を経て、2018年、奥様の地元・丹波市に移ったのを機に、「3 Roastery」をオープン。スペシャルティコーヒーの醍醐味を広めるなかで、地域のハブ的な存在として支持を得ている。 ■ホームロースティングが開店にいたる原点 兵庫県の内陸部、京都府と境を接する丹波市。周囲を田んぼに囲まれた里山のただ中、古い木造の店構えは、のどかな風景の一部に溶け込んでいる。「アメリカにいたころは、ヨセミテ国立公園の近くに住んでいたから、自然の残る田舎の雰囲気は好きですね。ヨセミテは広大すぎて買い物にも何時間とかかりますが、ここは街まで近いから便利ですよ(笑)」という店主のマイクさん。7年前、初めてやってきた時から、丹波の土地柄に親しみを感じていたそうだ。実は、ここは奥様の中川ミミさんが育った町。マイクさんが、この地に店を構えるまでのストーリーは、2人が出会ったころに遡る。 アメリカで大学を卒業したマイクさんは、現地のコーヒーショップ、ピーツ・コーヒー&ティーに入社。あのスターバックスのルーツとして知られる老舗だ。「それまではコーヒーは苦いものというイメージしかなかったんですが、トレーニングを積むなかで、スペシャルティコーヒーと出会い、今までと全く違うコーヒーの魅力に気づきました。当時はマネージャーとして、サンフランシスコ空港店にいましたが、人気路線が発着する場所だったのでとにかく忙しかったですね」と振り返る。その一方で、コーヒーへの関心が高まったのをきっかけに、自宅でも趣味で焙煎もするようになった。手網焙煎からスタートし、後には手回し式のロースターを自作したこともあったそうだ。 ミミさんとの出会いはちょうどそのころ。彼女もまたアメリカの大学を出て、紛争・災害地の住宅支援に取り組むNGOに参加していた。その後、マイクさんは結婚を視野に入れて、ピーツ・コーヒー&ティーからIT関連の仕事に転身。3年ほどを経て大きな転機となったのが、2011年の東日本大震災だった。ミミさんが被災地のボランティア業務担当に選ばれたことで、マイクさんも日本に移り住むことに。約2年間、東京でリモート勤務となったが、その間も趣味のコーヒー焙煎は続けていた。「時々、コーヒーが苦手な友人にふるまうこともありました。人によっては、“紅茶みたい”と言う人もいて、みんなの反応を見るのが楽しかった」と、好評を得たのが開店にいたるきっかけのひとつとなった。 ■セルフビルドで立ち上げた新天地 ミミさんはその後、空き家活用・移住促進に携わる地域おこし協力隊として、地元の丹波にUターン。2人で移住したのが7年前のこと。町なかに点在する空き家のうちのひとつ、敷地にあった小さな小屋が、現在の「3 Roastery」の原型だ。「移住後に、まずローコストでできる仕事を考えた時、趣味の焙煎を生かしてロースターを始めてはどうかと思ったんです。小屋はほとんどDIYで改装して、最初はラボ的な感じで、豆の販売から始めました」とマイクさん。もともとが自宅で趣味として始め、焙煎機も自作していただけに、いろんなもののカスタムもお手の物。基本はセルフビルドで、徐々に店の形を作り上げてきた。内装や家具はもとより、コーヒーの器具やマシンなどにも随所にカスタムの跡が見られる。焙煎についても、「最初は感覚頼りでしたが、店として安定して豆を焼けるように」と、ITの仕事の経験を生かして、フリーソフトを使って焙煎プロセスを記録するデータロガーも自ら構築。「できなかったら調べて勉強したり、マニアックに研究している人からアイデアを借りたり、自分で何でもやっちゃいますね」と、店作りの過程そのものを楽しんでいるようだ。 「おいしいコーヒーに出会ってほしいし、こういう味もあるんだと、新しい発見をしてもらう場所にできれば」とマイクさん。開店当初、界隈はまだスペシャルティコーヒーに馴染みの薄かったが、それゆえにマイクさんの提案する新鮮な風味のインパクトは大きい。6年の間に、ここの味を知ると他のは飲めないという熱烈なファンも広がり、なかには、この店を訪れたのがきっかけで、自らもコーヒー店を立ち上げた人もいるほどだ。現在、店頭に並ぶ豆はシングルオリジンのみ5~6種。時季替りで希少な豆も登場する。中でも、定番のブラジルとエチオピアは、「雑味のないクリアな香味のブラジル、明るい酸味が広がるエチオピアは、陰と陽をイメージしたオーソドックスな味わい」とマイクさん。一方で、この日は、マイクさんがタイを訪れた際に現地で勧められた珍しいラオスの豆がオンメニュー。ハーブのような芳香と後味の爽やかな清涼感に目を見張る。 また、アレンジドリンクで目を引くのが、オレンジ風味の炭酸飲料・オランジーナとエスプレッソを合わせた、オリジナルのエソジーノ。柑橘の爽やかな甘さの後に、ほのかに広がるビターな余韻が好相性。意外な取合せがクセになる一杯だ。「ほかにも、独自のスパイスを配合したコーラエキスとエスプレッソの取合せや、コールドブリューといったメニューも考案中、普段から新しいものを見たら試しています」と、マイクさんの頭の中には新たなアイデアが次々に浮かんでいるようだ。 ■丹波で人の縁をつなぐ新たなハブに 2018年のオープンからほどなく、コロナ禍の中での営業が続いたが、当時は密を避けて郊外へ行く人が多く、ここには逆に訪れる人も多かったとか。今も車で90分くらいの圏内からのお客が多くを占める。そのコロナ禍もようやく開けて、マイクさんは新しいプロジェクトを本格的に進めている。「今年から、ブラジル有数のコーヒー農園・エルドラド農園とパートナー契約をして、生豆の販売、卸も始める予定です。専用のショップとして敷地内にコンテナを設置して、外の席やメニューを増やしたりといった新展開を考えています」 また、店の敷地内には、丹波エリアで活動する食材店や飲食店主が定期的にポップアップストアを出店。多可町で全国のりんごセレクトショップを手掛ける・りんご王子やスパイスカレーのサカイヤ食堂など個性的なショップと共に、お互いのファンをつなげて、シェアすることでさらに客層も広がっている。「丹波は移住者が多くて、妻がまさにその仕事に取り組んでいます。国内だけでなく海外の人も少なくなく、セカンドライフというよりは、生活を変えようという人、麴や油の製造など新しいチャレンジをする方が多い印象があります」とマイクさん。コーヒーのお供に提供する焼菓子も、天然酵母と丹波の素材で作るパンが評判の129ベーカリーや、独立したスタッフが立ち上げたTWINKLE SUGARのワッフルなど、近隣の店にオーダーする地元の味が好評だ。 「せっかくここに縁を得たから、できるだけ町のためになることをしたいと思っています」。遠くアメリカから丹波にやってきたマイクさんの新天地は、この町に欠かせないハブとして新たなつながりを広げつつある。 ■マイクさんレコメンドのコーヒーショップは「Cafe ma-no」 次回、紹介するのは、兵庫県丹波市の「Cafe ma-no」。 「店主の北さんは、丹波地域でいち早くスペシャルティコーヒーを広めた、パイオニア的な存在。丹波に来て、初めてお店を訪ねた時に、カプチーノを熱心にプレゼンしていたことを覚えています。地元素材を使った商品やスイーツ、さらにゲストハウスまで作ってしまうなど、とにかく北さんのパッションが伝わる場所。頭の中では常にいろんなアイデアが高速で回転していて、マシンガントークがスゴイ(笑)。常にフランクで話が面白くて、底なしのバイタリティには憧れます」(マイクさん) 【3 Roasteryのコーヒーデータ】 ●焙煎機/ミルシティ2キロ(半熱風式) ●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)、エスプレッソマシン(サンレモ) ●焙煎度合い/浅煎り~中煎り ●テイクアウト/あり(500円~) ●豆の販売/シングルオリジン約5~6種、100グラム750円~ 取材・文/田中慶一 撮影/直江泰治 ※記事内の価格は特に記載がない場合は税込み表示です。商品・サービスによって軽減税率の対象となり、表示価格と異なる場合があります。
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