「2秒のシーンの考証にも莫大な労力」ドラマ『パチンコ』が描いた在日コリアンの人々と、よりリアルな描写を支えた“裏方”の仕事
食卓のおかずから想定上の住所まで「2、3秒のシーンに莫大なエネルギー」
制作コンサルタントとして協働する中では、可能な限りで調査を尽くし、史実に即した映像にしたいという制作チームの思いは強く感じたと伊地知さんは語る。 「たった2、3秒のシーンでも、当時の暮らしや史実に忠実に描くために莫大なエネルギーと時間、労力を使っていました。従来のアメリカ制作によるアジア関連の歴史ドラマでは稀に見るほどの時代考証だと思います」 長年にわたり研究してきた分野であることからも、「絶対にゆずれない」と感じる点は粘り強く意見を伝え、交渉することもあった。 祝い事の宴会を路地で開くシーンについては、食卓に載せるおかずの種類などの質問があった。元々予定されていた料理の種類には違和感があったため、一家の経済状況ではあまり豪華な食事を用意できないことも考慮しつつ、ナムルや豚料理などのおかずを提案した。 宴会では大鍋で豚の頭を煮ているシーンがあったが、元々は違う種類の肉の予定だったという。猪飼野に住んでいたコリアンのほとんどが済州島出身だったことからも特に、ゆで豚である必要性を強調した。コリアタウンの肉屋で、どのように豚が部位ごとに売られているかという写真も参考に送った。 また、猪飼野の家に手紙が届くシーンでは、家の住所が写るため、その住所をどうするべきかという相談もあった。 伊地知さんは戦前から当時までの住宅地図を探し出し、どの地域に在日コリアンが住んでいたかということを調べ、想定上の住所を話し合った。 その他にも、学校の教室のセットや掲示物などの小道具も、制作チームが細部までこだわって確認や修正も入念に行なった。
日本からの出演俳優を大阪コリアタウン案内も
総合プロデューサーのヒューさんに頼まれ、シーズン2の出演俳優に大阪コリアタウンの案内もした。 キャストには國村隼さんや南果歩さんなどベテラン俳優が名を連ねる中、日本からも若手俳優が抜擢されている。 主人公・ソンジャの次男・モーザスの10代の頃を演じた髙田万作さん(17)は、海外での対面オーディションを含む3ヶ月にわたる審査を勝ち抜き、作中では韓国語の台詞にも挑戦した。 撮影準備中には日本で在日コリアンの女性に1から韓国語を教わり、発音やイントネーションなど細部までこだわった。撮影地のカナダに入ってからも毎日、韓国語の勉強を続けたという。 東京都出身の髙田さんは在日コリアンの青年役を演じるに当たり、今も多くの在日コリアンが暮らし、キムチや韓国料理の店などを構える大阪コリアタウンを伊地知さんと歩き、歴史を学んだ。伊地知さんはその様子を、共著書『グローバルな物語の時代と歴史表象』にも綴っている。 2人は韓国料理店でドラマと猪飼野について3時間ほど話し込み、シーズン1で来日したばかりのソンジャが降り立った停車場のあたりから街を歩いた。 猪飼野という地名は1973年の地名変更で使われなくなった。大阪市生野区にあるJR鶴橋駅前には鶴橋商店街が広がり、駅から南東方向に歩けば大阪コリアタウンがある。 父親が1964年、大阪コリアタウンの前身である「御幸通中央商店街(通称:朝鮮市場)」で朝鮮の餅屋を開いた在日コリアン男性にも話を聞き、髙田さんは当時の猪飼野での暮らしについて学んだ。 伊地知さんはその際、髙田さんが「日韓の架け橋になりたい」との思いを話していたことが印象に残っているという。