「平家」と「源氏」が戦った「運命の土地・一ノ谷」…その「土地の力」を感じるための「最良の方法」
なんてことのない風景を楽しむ
能や『平家物語』を知らない人にとっては、赤とんぼも白い蝶も、そして水上バイクもただの風景にすぎません。本居宣長は、あらゆる風景には「もののあはれ」の端緒があると言いました。魔法はそれを信じている人にだけ効力を発揮するといいます。歌枕も謡跡も、故事や和歌、能を知っている人にとっては魔法のような効力を発揮します。 今回は能の話を書きましたが、須磨に行くときには『万葉集』や、そして『古今和歌集』をはじめとする勅撰和歌集の中から「須磨」や「明石」を詠った歌を選んでノートに書き写して携行しました。また、『源氏物語』の「須磨」の巻や「明石」の巻の入る文庫本も携帯しました。 東京から須磨に向かう電車の中で、それらを読んで心身を古典三昧にして歌枕に向かい、そしてかの地に着いたら謡を謡う。 なんとも豊かな時間が流れます。 『源氏物語』と須磨を本説(典拠)にした能には『須磨源氏』という演目があります。日向国(宮崎)の神官が伊勢参宮の途上に須磨に立ち寄ると月宮から降臨してきた光源氏の霊と出会い、光源氏が春の月光のもとで舞う姿を見るという能です。 私が須磨を訪れたのは、残念ながら昼でした。 今度は夜に行き、月が波に砕けるさまを眺めながら光源氏の幻影の来訪を待ちたいと思います。 * 『「日本の和歌」の技術に隠された「魔術性」をご存知ですか…? 言葉にやどる「不思議な力」の正体が宿り魔法の力』(11月9日公開)へ続きます。
安田 登(能楽師)